スガの森 六
スガの森 六
フツシ達は帰ってきた三人も加えて、五人と六人の二手に分かれた。
十一人は、垣からの射程の外二十歩ばかりの斜面に潜んだ。
組頭は集団の中程で指揮を執っていた。
戦垣を見つけた先頭が後退し、組頭に報告している。
組頭は全員を固まらせ、盾で防御態勢を取らせた。
盾の間から斜面の様子を伺っている。
冷たくなった秋風が谷を吹き抜ける度に、病葉が舞い上がり飛び去って行く。
色づいた葉がざわめいているが、斜面の茂みも風の動きを伝えているだけだ。
梢の中では、ヒヨドリがけたたましい声で呼び交っている。
斜面に、殺気は感じ取れない。
先頭が再び前進を始めた。
三人が盾を戦垣に向けた時、左側頭から右側頭へと矢が貫いた。
それを見たうしろの兵士は、反射的に盾を左に向け頭を隠した。
そうしながら右も危険なことに気付き、何人かが右を振り向いた。
この一瞬を六本の矢は見逃さなかった。
六人の頭部に矢が突き刺さった。
コマキは伏せ、頭を盾で覆いながら全員に伏せろと怒鳴っていた。
しかしその声は盾でくぐもっており、動揺した兵士達の耳には入らなかった。
指揮官の姿を見失った兵士達に混乱が生じた。
そこを十一本の矢が襲った。
コマキは盾をはねのけて怒鳴った。
「ひざまずき、左右を盾で固めろ。」
その声に正気を取り戻した兵士達は、背中合わせに並んで防御態勢をとった。
「いいか、左の斜面を攻める。右側の者は、矢を防げ。左側の者は、射手に向かって走れ」
兵士達が左の斜面に向かって走り出した。
その目が、戦垣に走る六人の異様な姿を捕らえた。
左を見ると、そちらにも五人が走っていた。
コマキは、射程の手前で兵士を止めた。
「ここに何人いる?」
「組頭を入れて二十五人です」
「二十人も殺られたのか・・・そこの二人、陣に帰って状況を報告しろ。俺達がここにいれば、奴らは垣から出られない。本隊の出陣を要請していると伝えろ」
コマキは伝令を出し、戦垣を眺めた。
谷はここで急に狭くなっており、左右七十歩の幅しかない。
両側の斜面は急勾配になっており、斜面を覆う灌木は無い。
谷は両側から崩れ落ちた土砂で堰状になっており、狭い急流が地面をえぐっている。
その地面は大小の木々に覆われており、戦垣は立木と灌木を巧妙に利用している。
だが垣はこちら側だけを警戒して造られており、両斜面に対しては無防備である。
コマキは斜面からの攻撃を考えてみた。
・・・尾根伝いに斜面の上に登り、攻め込む。ここからの眺めではできそうだが、木も根を張れない崖を人が下りることは無理だな。正面から攻めるしかないのか。
コマキは身の軽そうな兵士を二人呼んだ。
「左右の尾根に登り、斜面の上から戦垣の配置を調べてこい」
「垣は三重になっています。見えている正面の後方三十歩か四十歩の所に二番目、その後方同じような距離に三番目があります。どの垣も凸凹状になっています。最前列の垣の一番前に飛び出したのがこの正面に見えているものです。あれに取り付くと、左右にある垣から狙われます。敵はこちらの手を分散させるつもりです」
右の崖に登った兵士が報告した。
「他に何か無いか・・・敵の姿は見えたか?」
コマキはもう一人を見た。
「物陰に潜んでいるのか、一人も見えませんでした。ちょっと気になったことがあります。ここからでは分かりませんが、上から見ますと、所々地面の色が違っています」
二人目が言った。
「地面の色が違っていた?・・・奴らめ、ここにも落とし穴を掘っているのか?」