転進 二
転 進 二
二十年が過ぎ、高台は百人近い人の住む地となっていた。
高台の中心には、祭祀の建物が造られていた。
フツ達は、満月の夜そこに集まり、仕事の運営について話し合うことにしている。
この集まりに参加できるのは、十二歳以上の男達だ。
当初の十五人が、今では四十八人となり、広過ぎると思われた建物が手狭になっていた。
その年最後の集まりで、フツは切り出した。
『皆の衆、儂らがこの地に来て二十回目の年も間もなく終わる。この間、誰一人欠けることなく富と民を増やすことができた。それはこの地の神のお陰であろう。儂は、子供達の産湯の水を汲んだこの台地には、神が宿ると考えておる。しかし、辰韓に残した仲間を迎えに行くことはできなんだ。オロチ達の下にいる限り、海を渡ることは許されぬ。奴らの力は、この地の神に勝るのであろう。奴らは、長年この地の民を虐げておる。青銅造りができる儂らは、まだましじゃ。だが、この状態もいつまで続くか分からぬ』
『頭、何が言いたいのじゃ?』
キヌイが口を挟んだ。
『歳じゃ。この地にたどり着いた時、一番若かったクツリも三十六。キヌイ、お前が来た歳となっておる。この地から辰韓に渡るのは、来た時の何倍もの力が必要、儂らでは無理であろう』
『それは分かる。儂とて現場で差配しておるが、動くのは若い者達だ』
『その差配、お前でなくては出来ぬか?』
フツはキヌイを正視した後、ホキシを見た。
『ホキシ、お前はどうだ。炭焼きの差配、儂らでなくてはやれぬか?』
『頭は、儂らに隠居せよと言うのか?』
キヌイが声を荒げた。
フツは立ち上がった。
困難を分かち合ってきた十五人の顔を確認するように見回し、静かに語った。
『そうではない。これまで儂らは、全てを子供達に伝授しようと心血を注いできた。今ここに三十三人おるが、十五から十七歳までの十八人は、儂らが三十代で身に付けた技を、既に持っておる。残る十五人も、一人前だとは思わぬか?』
そう言ってフツはキヌイとホキシの顔を交互に見た。
『頭の言う通りだ』
ホキシが答えた
『儂はな、この地の神は・・・儂らを、オロチ衆から精一杯お守り下さったと思っておる。これ以上この地の神に何を求める?・・・オロチ衆の縛りから解き放たれようとするなら、それに相応しい神でなければならん。そのような神は、儂ら年寄りではなく、若い者でなければお迎えできぬと思うのじゃ』
『で、頭はどうすべきと考えておる?』
少し離れた席から、髪に白い物が混じり始めたカナテが尋ねた。
『儂らが仲間と別れてこの地に来たように、この三十三人を他の地に行かせようと考えておる』
『何処へ?』
キヌイとホキシが同時に問い、顔を見合わせた。
『儂らの仕事場の山よ。これならオロチ衆に気付かれまい。年明けから三十三人が山を仕切る。儂らはここで、手伝い仕事をしながら残る子供達に手ほどきし、子作りに励む』
これを聞いて大人達から一斉に笑いが出た。
それに対しフツは真顔で返した。
『笑い事ではないぞ。そのうちに、移り住む三十三人も子を作る。じゃが当面は、暇になる儂らが民を増やしておかねばならんぞ』
笑いは更に大きくなった。
父親達の笑い顔を見ていた子供達もなぜか楽しくなり、笑いの渦に巻き込まれていった。