スガの森 一
スガの森 一
フツシ達三十四人は、完全武装でスガの戦垣を出た。
小頭一人に四人の手下が従い、頭のフツシには六人が従う。
一行は、物見を先頭にして谷の道を進んだ。
二十分ばかり進んだ所で物見が立ち止まった。
「これ以上この道を行くと、明日の偵察に気付かれる」
「偵察が今日と同じ距離まで来ると、どの辺りになるのだ?」
ツギルが尋ねた。
「百五十歩くらい先の左側の・・・谷に落ち込んだ木が見える?あの辺りだと思う」
物見が指さした。
「構わん、俺達が陣営近くまで来たことを教えてやろう、奴らの反応が見たい。伐採地の外にも鳴子を張っているのだな。場所は分かるか?」
フツシが物見を見た。
「伐採地から二十歩に一本。そこから三十歩に一本」
もう一人の物見が答えた。
「外側の鳴子には篝火が届かんな、しかし陣内は丸見えだろう。みんな敵に気付かれないでしのび寄る訓練だ。気配を殺し、物音を立てるなよ。槍の穂先には布を巻き付けろ」
フツシは、普段と変わらない調子で言った。
フツシ達は、外側の鳴子から三十歩の所に立った。
降るような星空だが月は無く、谷の中は暗かった。
伐採地の内側二射程距離(五十歩程度)に、陣が張られている。
陣の外側には等間隔に篝火が置かれている。
篝火は、陣内にも見える。
警備は万全であり、奇襲は不可能と信じ切った陣張りである。
警備兵の動きもそれを表している。
伐採地の外を気にする者は一人もいない。
確かに、常識的な射程距離を前提とすれば、弓による奇襲はあり得ない。
また、四重に張られた鳴子が、外から来る者を必ず捕らえると考えるのも無理はない。
フツシ達は、陣の奧を見ようと右斜面を少し登った。
すると最後尾で訓練を受ける兵士達の姿が見えた。
兵士達が手に持っているのは、従来通りの槍だけだった。
フツシは、指導しているのが警備組頭かと目を凝らしたが、その男は若くはなかった。
谷の奧に最も近い歩哨溜まりから、素早い身のこなしを感じさせる者が現れた。
内側の鳴子まで進み、腰をかがめて紐の張りを確認している。
立ち上がって腰を伸ばし、谷の奧に目を凝らした。
まるで何かを探しているような素振りである。
次に両斜面を見回したが、フツシ達がいる斜面で顔を止めた。
「みんな、奴を見るな。視線を下に落とせ」
フツシは囁き、半眼にした。
篝火で男の顔が見えた。
男はしばらくこちらを窺っていたが、身を転じて陣内に消えた。
「あれが警備の組頭だな・・・後退するぞ」
フツシ達は斜面を下り、顔を陣営に向けたまま三十歩ばかり後退した。
その時、先ほどの男が別の男と連れ立って現れた。
フツシ達がいた斜面を指差し、何事か説明している様子だ。
あとから出てきた男は、反対の斜面を凝視していたが、こちらを見て腕組みをした。
遠すぎて顔はよく分からない。
やおら隣の男に声をかけ、連れ立って陣内に入って行った。
「あれが偵察の組頭だな・・・こっちにも登ろう」
フツシは先程とは反対の斜面に登り始めた。
中腹まで登った所で足を止めた。
「この辺でよかろう。スガに帰るぞ」