谷の中 八
谷の中 八
サクサの夕闇の中で、新しい物見の報告が伝えられていた。
「訓練を始めたのか・・・偵察の組頭は鋭い奴だな。戦闘力の差に目を付けたし、イツナミ達の殺気にも気付いている。それに・・・警備の組頭が訓練も任されたということは、頭に相当信頼されている」
フツシは目を閉じて言った。
「偵察は、一日行程先まで入り込んだのだな。明日も同じように動けば、五日後にはスガ
の《いくさかき》戦垣が発見される。俺達が帰る翌日だぞ・・・もし偵察距離を伸ばしたら、明後日か明々後日には発見されるかもしれん」
ツギルがフツシを見た。
「俺もそれを考えていた。よし、ここは親父達に任せて、明日の朝スガに帰ろう」
言うとフツシは、事情を説明するため、フツ達のいる奧に向かった。
「そうか、ツグヒとキツナが死んだか・・・これまでが出来過ぎだった。ここは儂らに任せて、スガを万全にしろ。危ないと感じたら、躊躇しないでここに来い。儂らもここでの討ち死にを覚悟しておる。動きは悪いが、壁の中からなら敵の一人や二人は倒せるぞ」
日の出とともに、サクサの二十六人はスガへ急いだ。
スガとの中間点で、二人の連絡役が合流した。
間もなく、スガにいた連絡役が一人走って来た。
「今日は偵察がふた組になって、速度が速くなってる。この分だと全体の進行が、昨日の倍になりそうだ」
「今日帰ることにしてよかったな」
横を歩くツギルが、フツシに声をかけた。
「明後日には、間違いなく戦垣を見つけるだろうな。明るい間に点検を終わらせ、今夜は策を練ろう・・・敵陣も見に行くか」
フツシはいたずらっぽい目でツギルを見た。
オロチ衆は、前日と同じだけ進んで陣を張った。
スガまで三十分の地点である。
夕方、フツシは全員を集めて言った。
「明日の敵陣は、目と鼻の先になる。偵察が今日と同じ動きをしてくれれば、ここに気付くのは明後日だろう。明日中には垣を万全にしておかなければならないが、何か工夫する所があるか?」
「落とし穴を増やそう、落ちる奴が増える。それに、警戒して動きが鈍れば、矢継ぎが楽になる」
アスキが提案した。
「他には?」
フツシは全員を見回した。
「逃れ口が二ヶ所だが、一ヶ所にしよう。一の垣で十日持たせるつもりだったが、敵は想定より遙かに多い。それに、警備と偵察の組頭が指揮をとれば、十日も持たないかもしれない。多分俺達も考えている以上に混乱するだろう。撤退の時に分散させられれば危険だ」
ツギルが言った。
「これだけか?他に何か無いか?この二つは明日中に完成させよう。じゃあこれから全員戦闘態勢をとれ」
フツシの唐突な言葉に全員が驚いた。
「久し振りに全員が戦闘態勢になって、敵を見に行く。敵がどんな奴らか、陣内でどのような動きをしているのかを見に行くだけだぞ。戦う気になるなよ、敵に殺気が伝わるからな。もし気配を察知されたら、すぐに引き上げる」
フツシは、準備に立ち上がった一人一人の顔を確認しながら言った。
「戦わないのに、なぜ戦闘態勢で行くのだ」
目があったムカリが、小声で尋ねた。
「あの格好だと敵に見つかりにくい。それに、予想外の衝突があるかもしれない。油断はするなよ。小頭達には伝えておいてくれ」
フツシはムカリの耳元で囁き、肩をたたいた。
「なぜ、みんなに伝えない?」
ムカリがフツシの腕を掴んだ。
「若い奴らに言えば、出かける前から殺気立つ。偵察の組頭は敏感なようだからな」