谷の中 七
谷の中 七
代わりの物見は、一部始終を見ていたイツナミとマコトが志願してきた。
仲間の死で怖じ気づくことを心配していたフツシは、理由を聞いた。
「俺達は、誰よりも地形に詳しい。それにあの時の組頭の顔を知ってる。あいつは油断できないよ。初めから物見に気付いていたからね。同じ動きを繰り返して、ツグヒ達が油断した瞬間に仕掛けてきた」
「今朝、二人が殺られるのを見たのに、怖くはないのか?」
フツシは二人の顔を交互に見ながら尋ねた。
二人は互いに顔を見合わせたが、年長のイツナミが答えた。
「偵察が走り出した時は怖かったけど、ツグヒが転がり落ちた時には、怖いより助けに行きたかった。キツナがツグヒに駆け寄った時、俺達もキツナは逃げられないと思った。だから敵に向かって行った時には、俺達が谷を走って来る六人を引き受けようかと考えた。でも戦闘の格好もしてないし、弓もなかった。それに、俺達も殺られたら伝える者がいなくなるから、我慢して見ていた。仲間を助けられないということに腹が立った。今もそうだよ、な」
イツナミは、隣のマコトを見た。
「うん。谷の六人は、俺達で殺れると思った。でも組頭とうしろの六人がいたからな。奴らは槍で、俺達は小刀だけ・・・もし加わってたら、どうなってたかな?」
マコトはイツナミを見返した。
「何人か倒しただろうが、お前達も殺られていた。それは無駄死にだ。戦うべきではない時に命を賭けるな。何人か敵を倒しても、戦況に変化はないぞ。俺達は少数で、敵は何倍もいるのだからな。いいか、これまでより距離を置いて見張れよ。細かいことを見ようなどと考えるな。敵の動きが分かればいい」
フツシは二人に言い聞かせ、間をおいて付け加えた。
「恐怖が判断を狂わせるが、怒りも判断を狂わせる。お前達が恐怖を感じないのは、怒りで判断が狂っているからだ」
フツシは左右の手で二人の頭をくしゃくしゃっと撫で、行かせた。
オロチ衆の進行が再開された。
斜面伐採の幅が狭められ、後方では訓練も始まった。
物見を討ち取ったことにより、前進の速度は早くなった。
コマキは組を再編して偵察に出た。
「頭、この調子で行くと、今日は昨日より進めるが、どうする?」
ミシロがワクリに声をかけた。
「同じ距離で陣を張り、警備担当以外は訓練をさせよう。コマキが帰ってくれば、先の様子が分かる」
ワクリは、スハラの訓練を見ながら答えた。
陣営造りが始まった頃に、コマキが帰って来た。
ワクリは組頭を集めた。
「一日行程先まで行って来ました。始末した物見とは別に、もうひと組いたようです」
コマキは事務的な口調で言った。
「何人だ」
ミシロが身を乗り出した。
「多分、二人。この連中は、後方斜面の上の方にいましたが、尾根に登って逃げたようです」
コマキの口調は相変わらず事務的だ。
「偵察は、斜面の上までもしているのか」
ワクリも身を乗り出した。
「例の物見を追いかけている時に、その方向に殺気を感じていました。しかし、二度目の偵察では気配がありませんでした。確認のために調べてみたのです。立木の陰に痕跡があり、尾根に向かっていました。尾根からは注意したのでしょう、痕跡が消されていました。侮れない奴らですよ」