谷の中 六
谷の中 六
進行中の陣営に、血だらけのコマキ組が帰任した。
出かけた時の十五人が七人となり、一人は脚に深手を負っていた。
彼らの姿を見た陣内は騒然となり、進行は中断された。
集合した組頭の前で、コマキが状況報告をした。
「七人殺られて一人の負傷か。敵の物見二人を仕留めたのだな、これで残るは三十四人。補充兵を指揮してよくやった」
ワクリはコマキを褒めた。
「頭、物見はうちの補充兵と同年代でしたが、鍛え上げられていました。一人は足首を骨折しながら二人を殺り、一人に怪我をさせました。もう一人は腹を決めて暴れ回り、一本の小刀で五人を殺ったのです。奴は急所を正確に狙っていました。上手い具合に兵士の槍が刺さりましたが、奴があれを避けきっていれば、もう二人ぐらいは殺られていました。こちらも訓練が必要です」
コマキは初めての白兵戦により、敵味方の戦闘能力を分析していた。
「訓練をした方がいいのは分かっているが、今からでは間に合わんだろう。それに残る敵は、補充兵と同年代の三十四人だ。一人倒すのに補充兵七人が殺られても、二百三十八人。こちらには精鋭が五十人以上残る」
ミシロが言った。
「計算上はそうなりますが、犠牲は少なくすべきです。訓練をすべきです」
返り血を浴びたままのコマキには迫力があった。
「よかろう、訓練もしよう。今日の戦いで、敵の本体が近くにいないことが分かった。これまで斜面の伐採を射程の三倍としていたが、倍にすれば見張りの手が空く。その連中を訓練させよう。問題は訓練担当者だ」
ワクリは、組頭を見回した。
「儂がやろう」
ミシロが声を上げた。
「お前では駄目だ」
ワクリは、じろりとミシロを睨み付けた。
「スハラ、お前だ。警備を指揮しているのだから、訓練も受け持て」
サクサには、まだ午前中であるにもかかわらず、連絡役が血相を変えて走り込んでいた。フツシ配下の全員が、作業の手を休めて集められた。
「なに、二人とも・・・」
彼らを沈鬱な空気が覆った。
「慣れが・・・油断を招いたな。・・・俺が悪かった」
フツシが言った。
「どういう事だ」
ツギルが怪訝な顔をした。
「ゆうべ昨夜話し合った時、物見の担当者を変えた方がいいような気がした。・・・しかし、あいつらは慣れており、状況もよく分かっているからそのままにした。新任の者なら、油断しなかったはずだ」
フツシの目には涙が溢れ、肩が震えていた。
「お前のせいではない。俺達はいつも話し合って来た。俺達も油断していた。昨夜だってそうだ。ここでの仕事の切り上げを早めることまで話し合いながら、物見に注意するところまで気が回らなかった」
ツギルの目にも涙が溢れていた。
「なにを言ってる。死ぬ覚悟で事を始めたんじゃないか。ツグヒは動けない状態で三人、キツナは五人も道連れにした。二人は、慣れが油断につながることを、命懸けで教えたんだ。涙を流すより、勝てる策を練るべきだろう」
ムカリが大声で言った。この声で沈鬱な空気が吹き飛んだ。