谷の中 五
谷の中 五
コマキは驚いた。
逃げると思っていた敵の物見が、駆け下りて来る。
自分について走っている補充兵と同年齢に見えた。
「向かってきたぞ、槍を構えろ」
言いながらコマキは、足場を固めた。
左右の兵士もコマキを真似た。
物見は、真っ直ぐに三人に向かってきた。
が、槍の間合いに入る寸前に体をかわし、コマキの右側の兵士の横をすり抜けた。
右後ろを振り向いたコマキの目に、首から血を吹き出して倒れる兵士の姿が飛び込んだ。
コマキは足の向きを変え、後ろに備えた。
その時、物見は既に左側の兵士に抱きつき、喉を切り裂いていた。
コマキは槍を持ちかえ、物見を刺そうとした。
周りの灌木が邪魔になり、持ちかえに手間取った。
その間に物見は、転がり落ちた仲間の方に走り登った。
その方角には、谷を走った六人が向かっていた。
「気を付けろ、敵は手強いぞ」
コマキは物見を追いかけながら、六人に向かって怒鳴った。
ツグヒは激痛から、右足首が折れているだろうと感じた。
同時に、殺られるまでに何人殺れるかを考えた。
谷から同年代の敵が六人、槍を手に向かって来る。
左斜め下の斜面からキツナが走り登っており、少し後ろを組頭らしき男が追っている。更にその後ろ五十歩位の所を、六人の敵が迫っている。
ツグヒは木を背にして、斜面の下側に両足を下ろした。
座った状態で、谷から来る敵を待った。
キツナが数歩の所まで近づき、ツグヒと目が合った。
その瞬間、キツナは左へ向きを変え、谷から迫っていた六人に向かった。
呼応するように、ツグヒは腰から滑り降りた。
谷からの兵士は、走り登っていた敵が向きを変えたのを見て、足場を探した。
しかし足場が決まらないうちに、キツナが右端の兵士に体当たりし、心の臓をえぐった。キツナは体当たりの反動を利用して斜面を横走りし、その向こうの兵士に飛びかかった。その兵士が、槍を突き出した。
キツナは体をかわしたがわずかに遅れ、槍はキツナの左脇腹を貫いた。
槍を持つ兵士の拳に、キツナの脇腹が当たった。
その時キツナの小刀も、その兵士の心の臓に突き立てられ、二人は転がり落ちた。
滑り降りたツグヒは、キツナに気を取られた先頭の兵士に取り付いて喉を払い、二番目に飛びかかった。
ツグヒの小刀は正確に心の臓を貫いた。
同時に、ツグヒの背中に、コマキの槍が突き刺さった。
ツグヒは、頭から斜面の下に滑り落ちた。
滑り落ちたことで背中の槍が抜けた。
痛みは感じなかったが、急に躰が重くなった。
起き上がろうとしたが、できなかった。
目の前に敵の脚が現れた。
ツグヒはとっさにその脚にしがみつき、ふくらはぎを切り裂いた。
敵の叫ぶ声が聞こえたと同時に、何本もの槍が突き立てられるのを感じた。
斜面を転がり落ちた時に、キツナの脇腹に刺さっていた槍の柄が折れた。
その際、脇腹がちぎれ、内蔵が飛び出していたが、キツナは起きあがろうとしていた。
追い付いた兵士が、半身を起こしたキツナの胸を槍で貫いた。
目を見開いたキツナは、左手でその柄をつかみ、右手の小刀を持ち替えて兵士に投げた。
小刀は兵士の心の臓に、深々と突き刺さった。