谷の中 三
谷の中 三
この日からオロチ衆の進行距離は、大幅に伸びた。
若い組頭スハラのきびきびした動きが、他の組頭達や兵士を刺激した。
ワクリは、前日の五倍進んだ所でその日の進行を止めた。
警備体制の点検をしているスハラの所に、ワクリがやってきた。
「順調だな・・・これでオロチ兵団本来の姿に戻った。どうだ、今日も近くに敵の姿を感じなかったか?」
ワクリは歩きながら問いかけた。
「今日も遠くの視線だけです。それもわずかな人数です」
スハラは足を止めて答え、続けた。
「頭、明日から偵察を出しましょう。少なくとも一日行程の三倍先まで調べておくべきです。敵の物見はその範囲内にいるはずです。物見は、偵察が近づけば後退するでしょうが、痕跡を消しそびれるかもしれません。うまく行けば、捕まえるか殺すこともできます」
「しかし、この前のような奇襲に合えば、また戦力を失うことになるぞ」
ワクリは慎重な目をした。
「あの時は敵の戦法が分かりませんでした。今は違います。それにこれは俺の勘ですが、敵の本体はもっと遠くだと思います」
スハラはワクリの目を凝視して言った。
「よし分かった、お前に任せよう。しかしお前が偵察に出てはならんぞ」
ワクリはスハラを失いたくなかった。
「適任者がいます。コマキです」
スハラは既に人選していた。
「ほう、コマキな・・・がっちりした体で、俊敏な動きをする。うん、若い連中をうまくまとめておるな。お前はコマキをよく知っておるのか?」
ワクリの顔に喜色が表れた。
「俺が最も信頼する組頭です。警備のこともコマキと相談しています」
夕食後のサクサの森では、フツシ達と連絡役の打ち合わせが日課となっていた。
「補充兵を帰したというのは、どういうことだ?」
ムカリがツギルを見た。
「頭らしき男の言うことも、若い組頭の言うことも聞こえなかったのだな」
ツギルが念を押した。
「うん、一番うしろに集めて話していたから、聞こえなかったそうだ」
連絡役は申し訳なさそうに言った。
「組頭は、話したあと陣の中に戻った。それから補充兵の一人が谷の出口に向かって走り出し、何人かがあとを追った・・・更に兵士同士でやりとりをして、出口に向かう者と組に向かう者に分かれた。ふん、新しい頭もなかなかやるな。それに、若い組頭が気になる・・・敵も死ぬ気になったかな」
フツシが独り言のように言った。
「どういうことだ」
ムカリがフツシを見た。
「集めたのは、逃げ出した女の息子達だろう。頭は、戦うか逃げ帰るかを本人達に決めさせたのだろう。お膳立てしたのはその若い組頭だ。ゆうべ昨夜の陣の張り方と警備の配置を聞いて、オロチ兵団が立ち直り始めたなと感じていたが・・・間違いない。一日に今までの五倍も進んだのも、奴らが態勢を立て直したからだ。俺達も今まで以上に慎重に策を練らないと勝てないぞ」
フツシが絵解きをし、ツギルを見た。
「そうだな・・・スガでの準備に二日と考えていたが、三日にしよう。ここでの仕事は、あと五日で切り上げだ」
ツギルは全員を見回しながら言った