谷の中 二
谷の中 二
同じ時、サクサの森では焚き火を囲んだフツシ達が報告を受けていた。
「谷の中に陣を張ったのか。明日から進行距離はもっと伸びるな」
フツシはツギルを見た。
「そうだな・・・明日には灌木が少なくなる所に来る。この調子だと、やはり十日でスガに来るな。となると、ここを手伝えるのはあと七日だ。スガでの準備に二日は必要だ」
ツギルは居並ぶ者達を見回した。
「何人かが帰って、夜討ちを仕掛けてみるか」
アスキが言った。
「馬鹿な、射程の倍以上を刈り取って鳴子を張り、篝火を焚いているのだぞ。見張りを射つことさえできない」
フツシがアスキを睨みつけた。
「そうかな・・・谷の奧からは木が邪魔になって無理だが、尾根から遠射で陣を混乱させることはできるだろう。そこに谷の奧から奇襲をかける」
アスキは食い下がった。
「遠射で兵士を殺れるかどうか分からんだろう、奇襲もそうだ。陣内の女を何人か殺って、こちらが一人でも二人でも殺られれば、奴らが有利になるだけなんだぞ」
ツギルが説明した。だがそれだけでは言葉が足りないと気づき続けた。
「いま奴らは九百人近い数だが、半数以上が女だ。昼間なら見分けがつくが、夜に動き回られれば遠くからでは無理だ。だからと言って見分けのつく所まで近づけば、こちらが危ない。しかし奴らがスガに来れば、俺達は戦垣の中だ。奴らは攻撃を仕掛けてくる だろうが、それは兵士だけだ。貴重な矢を、兵士以外に使うべきではないことは分かっているだろう」
アスキは納得した顔をし、気を取り直したように言った。
「よし、では明日から仕事量を増やそう。七日間で十日分はやろうぜ」
翌早朝、オロチ陣内ではきびきびとした声が行き交っていた。
兵士は組単位で集まり、組頭が指示を出していた。
大半が女の非戦闘員五百人ばかりも、血縁や組縁などで三十人程度の班に編成された。
各班で長と副長が決められ、かいがいしく動き回っていた。
陣内の最後尾である谷の出口側に、逃亡した女の息子達が集められていた。
その前にワクリが立った。
「お前達の親父は、これまでの戦いで死んだ。そしておととい一昨日の夜、母親や姉妹が逃げ出した。逃げた者達のことをあれこれ言うつもりはない。儂らはこれから本当の戦いを始める。敵はわずか三十六人だが、死ぬ気で向かってきている。人数ではこちらが圧倒的に有利だが、これまでは気力で負けていた。しかし今日からは違う。皆殺しにするまで手を緩めない。そのためには覚悟がいる。そこでお前達に選ばせる。儂を頭として、親父の弔い合戦に死ぬ気で戦う意志のある者は残れ。母親と行きたい者はここから出て行け」
それだけ言うと、ワクリは立ち去った。
少年達は、突然の事態に唖然としている。
その前にスハラが立った。
「頭が言ったことは分かったな。これからの戦いは、死ぬ気の者だけでやる。死ぬ気のない者は邪魔だ。覚悟のできた者は組に戻れ。そうでない者は武器と盾を置いて、谷を出ろ。止めはせんし、後ろから矢を射ることもしない。相談したければすればいいが、間もなく進行が始まるから早く決断しろ」
言い終わると、スハラも立ち去った。
少年達はどうしていいか分かず、互いに顔を見合わせて立ちつくしていた。
すると最年少の一人が
「俺、帰る」
と言って、谷の出口に向かって走り出した。
一呼吸置いて、数人が武器と盾を投げ出して後を追った。
これがきっかけとなり、集団が動いた。
年嵩の者が弟らしき少年に
「俺は残る。お前は帰れ」
と言いながら、背中を押す姿があちこちで見られた。
逆に帰ろうとする年長者を年少の者が引き留める姿もあった。
陣の先頭で集合の声があがり、これまで躊躇していた少年達が二つに割れた。
この一部始終を、灌木が伐採された斜面の立木に寄りかかってミシロが見ていた。
「四九人か・・・覚悟を決めた奴は七四人・・・まあ、こんなものか」