谷の中 一
谷の中 一
遠征の覚悟を決めてからのオロチ衆は、機敏に動いた。
前日までに九日を費やして一キロ程度前進していたが、昼前には全ての荷をその地点に運び込んだ。
到着してからは前日同様の進行となったが、慣れと退路を断った決断から、全員の手際が良くなった。
先頭の落とし穴に対する警戒は慎重だが、後続組が伐採も同時に行い始めた。
これにより、進行距離が大幅に伸びた。
ワクリは、前日と同じ距離だけ進んだ所で人員を分け、半数を陣営造りに当てた。
残りの半数は更に前進させ、彼らの弓の射程(約二十歩)の三倍地点で止めた。
ワクリはスハラを呼んだ。
「陣の周囲に、お前が指揮して鳴子を張れ。それと今後の夜警を考えろ」
スハラは秋の夕闇が漂い始めた周囲を見回した。
「鳴子は、伐採した所に二本、その向こうの茂みには距離を置いて三本張ります」
スハラはワクリの同意を求めた。
「よかろう。茂みに張りに行く時は狙撃に注意しろ」
闇に包まれ始めた茂みに目をやりながらワクリが言った。
「頭、昨日は落とし穴にやられましたが、ここ何日か、、近くに敵の気配を感じません。奴らはもっと奧で、何かを画策しているような気がします。当分仕掛けては来ないでしょう」
スハラの声は自信に満ちていた。
「お前は、奇襲はないと見ているのか・・・夜警の段取りはどうだ」
茂みを見ていたワクリがスハラを振り返った。
「篝火を、射程を考えて配置します。夜警は二人ひと組で小声が届く間隔に置き、これから明日の出発までを三交代でさせます。非番の兵士は武装させたまま夜警の間で休ませます。兵士以外は内側で寝かせます」
スハラは相変わらず淡々と説明した。
「よかろう。鳴子は任せたぞ。夜警の者は、組頭を集めて当番を出させる。篝火は準備させるから、配置はお前が指示しろ」
ワクリは組頭を招集し、手はずを伝えた後でミシロに尋ねた。
「逃げ出した女達の息子は、何人いた?」
「十二歳から十八歳までで、百二十三人だ」
「若者の三が一か・・・動揺している奴はいるか」
「組頭達に聞いた所では、そんな奴はおらんようだ」
「お前が直接面を見たのではないのか」
「何しろ三人に一人だ。儂が一人一人に会いに行けば、周りが変に疑って、組の中がぎくしゃくしてもまずかろうと思ってな」
「ふん、そういうことも考えられるな。・・・年の行かぬ者の中には、母親を追う者が出るかもしれんぞ。どうするかな・・・」
スハラが鳴子と篝火設置完了の報告に来た。
「スハラ、逃げた女の息子は百二十三人。この数、お前はどう考える?」
ワクリがスハラに問いかけた。
「何人になるか分かりませんが、追いたい者は行かせればいいのではないですか。戦に逃げ腰の者は足手まといです。逃亡者を見せしめに殺す手もありますが、それを恐れて残っても足手まといです」
スハラは、ワクリを見据えて冷徹に答えた。
「少々減っても、行かせた方が戦いに有利と見るか。儂は見せしめを考えていたが、足手まといのために、志気の高い者が討たれることも考えられるな」
ワクリは、スハラから目をそらした。
「頭、敵は小人数で仕掛けて来ています。全員が死を覚悟しています。数では圧倒的に有利なのに惨敗続きだったのは、敵を見くびっていたことと、覚悟ができていなかったからです。俺達も死ぬ気で向かわなければ負けますよ。だから逃げ腰の者は邪魔です」
口調は淡々としているが、スハラの目は青白く燃えていた。