谷の外 六
谷の外 六
夜明け前、フツシは連絡役に起こされた。
「頭、夜中に砦から女が逃げ出したぞ」
「そうか・・・何人くらい逃げ出した?」
「少しずつ出て行ったそうだが、二百人はいたと言ってる」
「大砦の方へ向かったのか?」
「あっちに向かった者もいるが、南に向かった者が多いそうだ」
夜が明けたグルカ砦は、異様な空気に包まれていた。
前夜は、男約四百人と女約七百人が砦に帰っており、わずかな空き地も見えないほどに人で溢れていた。
しかし夜が明けた今、二百人を越える女が消え、砦内のあちこちに地面が見えていた。
消えたのは地の民の娘で、死んだ兵士の妻となっていた者達と、その娘達だった。
ワクリは組頭を集めた。
「女達が逃げ出しただと?亭主に死なれた奴らばかりなんだな。儂らと縁が切れたと言え
ばそれまでだが、二百人の手が減ったことは痛い。しかし所詮女手だ、戦の役にはたたんからいいとしよう。そんなことより問題は、二百人が砦を抜け出すことに気づかなかった
警備体制だ。昨夜の警備はどうなっていたのだ?」
ワクリはミシロを睨み付けた。
「実は・・・昨夜は寝ずの番はしておらなんだ。こちらはこれだけの人数だし、敵は谷の奥に逃げ込んでおる。それでも用心に砦の全周囲に三重に鳴子を張ったから、特に立ち番を置く必要はないと思った」
ミシロは弁解がましく言った。
「三重も張ってあれば、中から出るにしても一人や二人は鳴子に触れるはずだぞ。二百人の誰一人も触れなかったのか?」
ワクリの声は怒気を含んでいた。
「女達に張らせたから・・・逃げ出した連中も紐がどこに張ってあるか知っていた」
ばつの悪そうな顔でミシロは答えた。
「何という間の抜けた話だ・・・。補充兵の中には、逃げ出した女の息子達がいるだろう。何人くらいいるか調べろ。親父の弔い合戦だから女の影響を受けるとは思わんが、新しく組み入れた奴らはまだガキだ。そいつらの志気が落ちないよう締め付けておけ」
ワクリは、組頭一人一人を睨み付けた。
最後に最年少の組頭スハラと目があった。
「どうした。何か言いたいことがあるのか?」
ワクリの声から怒気が消えていた。
「頭、谷の侵攻もはかどるようになりました。もっと奥に進めば、毎日砦に帰るのは時間の無駄だと思います。敵の食糧が無くなるのを待ち、無謀な攻撃を仕掛けてくるのを待つのも結構ですが、侵攻場所で陣を張って追い詰めれば、敵の動揺を早めることになります。武器と攻撃方法が分かっているのですから、警戒を厳重にすればこれまでのような被害は防げますし、一人でも二人でも敵を倒すことができます。敵は三十六人です。五人殺られて一人倒しても、こちらが有利です」
スハラは、淡々と説明した。
「お前の言う通りだ。谷の中で陣を張れば、昨夜のように気を緩める事はなくなる。そうだなミシロ」
ワクリはミシロを睨みつけた。ミシロは肩をすぼめて頷いた。
「よし、何日かかろうと、奴らを討ち果たすまでこの砦に戻ることはないぞ。みんな、異存はないな」
異議を唱える者はいなかった。