谷の外 五
谷の外 五
フツシ達がサクサに来て三日目の昼前、連絡役から落とし穴の報告が来た。
六組の斥候のうち四組十二人と、狼狽して動き回った兵士九人が落ちた。
フツシ達は、戦わずして二十一人の敵を倒した。
しかしこの落とし穴が、ワクリにとんでもない決断をさせることになった。
斜面の灌木伐採をやめ、非戦闘員五十人を隙間無く横に並ばせて前進させたのである。
十五歩進ませると止まらせ、次の五十人に前進させた。
二度点検すれば、落とし穴を見過ごすことはない。
これにより、残る落とし穴での犠牲者は無くなった。
兵士達は盾で矢を警戒しながら中心部を進み、非戦闘員はバラバラに広がった状態で周辺を進ませた。
ワクリは、守ってやるべき非戦闘員を盾にしたのである。
この報告を受けたフツシは連絡役に尋ねた。
「女や年寄りは言いなりになっているのか・・・逃げ出す者はいないのか?」
「一番後ろに兵士がひと組いるそうだから、逃げたくても逃げられないんじゃないかな」
「全体の進み具合は早くなったのか?」
「長い棒で地面を突き刺しながら進むだけだから随分早くなってる。倍以上かな」
「それはまずいな・・・十日もすればスガに来る」
ツギルがフツシを見た。
「ここが完成する前にスガに戻らなければならんか・・・一の垣は完成した。明後日には二の垣も完成する・・・俺達が手伝えるのは四の垣までか・・・となるとスガで二十日はくい止めなければならんな」
フツシが呟いた。そこへ別の連絡役が走り込んで来た。
「オロチ衆は、これまでと同じ程度進んだ所で引き返し始めた。でも帰りに灌木を伐採している」
「なるほど・・・そうか、やはり奴らは俺達の食糧が無くなると考えている。だから今は戦うことより、安全に進める道の確保を狙っているんだ」
ツギルが再びフツシを見た。
「そうだな。これから寒くなるし、食い物が無くなれば俺達が無理な戦いを挑むと考えているんだろうな。となると、奴らがスガに来るまでにここを完成させることができる」
フツシは連絡役に、今夜は砦の出入りが見える所まで物見を出すよう指示して帰らせた。
「逃亡者が出ると見たのか?」
ツギルが尋ねた。
「地の民の娘で、無理矢理オロチ衆の嫁にされた者もいるだろう。年寄りは分からんが、若い女の中には親兄弟の住む地に帰ろうとする者が出るのではないか?」
フツシが答えた。
「若ければ子供も小さいだろう。子供を連れて逃げるのは難しいぞ」
ツギルが深刻な顔をした。
「小さな子供は全員大砦に集められているから、若い母親もグルカ砦では身軽なはずだ。兵士の補充にされた男の子は無理だろうが、女の子達を連れ出すことはできる。全員が駆り出された最初の夜の、今夜なら逃げ出せる。なるべく多い方がいいな」
フツシは確信に満ちた表情をした。
「なぜ多い方がいいのだ?」
横からアスキが尋ねた。
「地の民の若い女やその娘達がごっそりいなくなって見ろ、新しく補充兵にされた若い連中は動揺する。母親や姉や妹が、砦の兵士達を信用していない証だからな」
フツシはアスキの顔を見、言葉を続けた。
「補充された連中のなかには、地の民の娘を母親に持つ者も大勢いるはずだ。そいつ等の親父が死んでいれば、母親を追う者も出るだろう。オロチ衆を捨てて地の民となれば、俺達にとって敵ではなくなり、殺さなくてすむ」