谷の外 二
谷の外 二
偵察の報告を受けたミシロは、目を剥いて言葉を呑んだ。
・・・こちらの動きを読んでいる。どこへ逃げた? 探すべきか、引き返すべきか?
「もぬけの空ではどうしようもない。今夜はここで泊まるか、それともすぐに引き返すか」
ミシロは五人の組頭を見た。
「いないと分かった以上ここにいても意味がありません。すぐに引き返しましょう」
一番若い組頭が言った。
ミシロは他の組頭に目を転じた。
「夜討ちをかけるつもりでいたのだから、兵士達の志気は十分だ。引き返そう」
年嵩の組頭が言った。
「よし、今(十九時)から急げば、夜中には大砦に帰り着く」
ミシロ達は、一時間足らずで山裾に着いた。
そこから西に進み山を迂回するのが進路だが、中堅の組頭コマキが、ミシロに声をかけた。
「小頭、シオツの奴らは東へ向かったかもしれません」
「足跡でもあるのか」
「いえこの辺りにはありません。もし向かったとしても、ある程度の所までは消しているでしょう」
「なぜそう思う?」
「我々の動きを読んでいる奴らです。俺達が調べるだろうと見て、五百メートル米くらいは丁寧に消していると思います。しかしその先は前進を優先するはずですから、痕跡は残っていると思います。調べてきましょうか」
「灯りを手に足跡探しをするのは、射ってくれと言うようなものだ。もし足跡があったとしても、いつ通ったか分からん相手を追うのか?深追いすれば本隊と分断され、奴らが有利になるだけだ。この先と、若造共が潜んでおる谷の先がつながっておるのは儂も知っておる。シオツの連中が若造共と合流しても、奴ら全体の動きが鈍ることになり、儂らには都合がいい。無駄な時間をつぶす事はない」
ミシロは帰還を優先させた。
この頃フツ達は、湖が狭くなったところから森に向かって歩き始めたところだった。
陽のある間は、湖の西端から少し東に進んだ茂みに潜み、十分に休息を取っていた。
先導するヤツミがフツを振り返った。
「一時間足らずでサクサの森です」
「サクサの森?儂はこの辺りには来た事がないが、深い森か?」
「巨木が多くて待ち伏せにはもってこいの地形です。計画では、スガとサクサに戦垣を造るはずでした」
「計画を変えたのか」
「変えた訳ではありません。シオツが襲われると分かったので、俺とムカリがシオツに向かっただけです」
「ではフツシ達は、スガに戦垣を造っておるのだな。敵が来るまでに間に合うのか?」
「奴らは谷の入り口で二度も待ち伏せを受けて、大きな被害を被ってます。今度は三度目ですから、慎重に進んでいるはずです。シオツに向かったのがどの位の人数か分かりませんが、そいつらが合流するまでは攻撃態勢は取らないと読んでます」
「フツシが一人で策を練っておるのか?」
「いえ、ツギルが知恵を出しています」
「なるほど、ツギルが軍師か・・・うん、あ奴ならもってこいじゃ」
「サクサに着いたら、俺達も戦垣を造らなければなりません」
「サクサを最後の砦と考えておるのだな・・・よし、待ち伏せに打ってつけのものを考えてやろう」