谷の外 一
谷の外 一
タブシの集落は、いつも通りの静かな夕食時であった。
しかし兵士百人の突然の到着が、集落に喧噪を巻き起こした。
長が慌てて小頭の前に進み出た。
「戦支度での急なご到着、どうされましたかな?」
「シオツの若造達のことは聞いておるだろう。この辺りにおかしな動きはないか?シオツの連中はどうしておる」
今は小頭となったミシロが尋ねた。
「いえ、この辺りはいつも通りの静かな秋です。シオツは、監視の命令が解かれてからは行っておりませんので、分かりませぬ」
「そうか・・・ここで兵士に飯を食わせる。百人分用意しろ」
「百人。そんなに大勢の飯をいきなり言われましても、すぐにはご用意できかねますが」
「ここの食料庫を開け、女共を集めてすぐに取りかかれ」
長は黙って引き下がり、指示を出した。
集落の中央にある広場に女達が集められ、準備にとりかかった。
長の小屋に、三々五々男達が集まった。
「長、何事が始まるのだ」
「シオツを襲うようじゃ。皆殺しにする気じゃな」
「兵士の姿をしておるが、半数はガキだぞ」
「頭と小頭全員が大砦で殺られ、兵士砦の兵士は全滅させられたと聞いておる。若い者で補充したようじゃが・・・役に立つかのう。シオツの若造達は、グルカ砦から北東に入る谷に籠もっておるとの噂じゃが、オロチ衆は手こずっておるようじゃな」
「儂らに手を貸せと命じてきたらどうする?」
「そこじゃて・・・渡来人同士の争いじゃが、儂らはオロチ衆の犬になって来たからのう・・・オロチ衆が滅ぼされると、やりづらくなる」
「兵士砦の襲撃には、スサやヒノボリの森の衆が手を貸したとの噂を聞いているぞ」
「うん、儂の耳にも入っておる・・・多分、噂は本物じゃ。シオツを襲うということは、余程分が悪いという事じゃろうな。ここで手を貸して負ければ、儂らも危うくなる。飯は食わせるが、それ以外は御免被ろう」
「できるか?」
「儂らが駆り出されるのは、いよいよの場合。つまりオロチ衆だけでは手に負えん状態になった時じゃ。その場の状況で考えるしかなかろう」
そこに一人が遅れて入って来た。
「長、うちの倅が変なことを言っておるぞ」
「どういうことじゃ」
「昨日、儂は倅達と入江に魚の仕掛けを作った。夜も更けてからせがれ、倅達が仕掛けを間違えて置いたことに気付いてな、二人で直しに出かけたらしい。浜辺の手前まで行った時に、大勢の人間が砂浜を南へ進むのを見たそうだ」
「大勢が・・・男か?」
「それがな、子供の声で気付いたらしい。そんな時間に子供の声がするのはおかしいと思って聞こえた方角を見ると、人影が見えたと言う。気持ちが悪かったので近づかなかったと言っておったが、男も女も子供もいたようだ」
「ほう・・・シオツの連中じゃな。襲撃を見越して逃げたな・・・」
「長、どうする?オロチ衆に伝えるか?」
「黙っておればよい。倅達に口止めしておけ。偵察を出しておるはずじゃから、もうじき連絡が入るじゃろう・・・さっさと出て行ってくれればよい。百人分もの飯を食われて大損じゃ」