谷間 十
谷 間 十
その頃、グルカ砦は喧噪の真っただなか直中にあった。
砦に住んでいた兵士の家族も大砦に移ることになり、総勢四百人強の移動である。
兵士は武器と食糧を、家族は子供に至るまで身の回りの物を手にして砦を出た(十六時)。
ワクリはしんがり殿に対する奇襲を恐れてか、兵士に先を歩かせ、家族集団を後に続かせた。
陽がとっぷり暮れた頃(十九時)、最後の一人が大砦に入った。
相前後して、ダキル砦とメキト砦の十二歳以上の若者に、夜明けまでに大砦に集まるよう使者を出した。
翌早朝、新たに加わった若者二百八十六人と兵士の、総勢三百六十八人を前にして年嵩
の組頭が段上から声を張り上げた。
「お前達も知っての通り、シオツの若造共が反乱を起こした。最初に頭と小頭が殺られた。次に砦に帰ろうとした兵士と、留守居の兵士が全滅させられた。その時の混乱で、儂らの手で組頭を始末することになってしまった。そんなこんなでごちゃごちゃになっている時に、グルカ砦の食糧と女子が襲われた。そこで急遽救援に向かったが、谷に入った偵察と討伐班が全滅させられた。その上にだ、昨日はそれなりの態勢をとっていたにもかかわらず、先を進んでいた三十五人が殺られた。この負け戦の原因は、油断と、情報不足と、儂らの態勢の悪さだ。そこで、まず態勢を立て直すことにした。戦をするからには頭になる者がいる。儂らで話し合って、この戦いが終わるまでは、ワクリを頭に、ミシロを小頭にすることにした。異存のある者は言ってくれ」
異議を唱える者はなく、隣の者との私語が始まった。
ワクリとミシロが段上に現れた。
「儂が頭、ミシロが小頭で異存はないな・・・なければ武器を手にし、天に突き上げろ」
ワクリが、大音声で問いかけた。
兵士達は大咆哮と共に、剣や槍を天に突き上げた。
「では今から儂が頭となる。みんな儂の指示通り動いてくれ」
再び咆哮が上がった。
「奴らは一人死んで、三十六人。これまでは奇襲と、待ち伏せと、儂らの油断で、思わぬ痛手を被った。しかしもう好きにはさせん。奴らの人数も、武器も、考えておる事も分かるようになったからな。谷の中での戦いではこちらが不利だ、だから奴らは谷から出て来ぬわ。出たくなけりゃ引っ込んでおればいい。儂らはこれまでの礼に、シオツを皆殺しにする」
言いながらワクリは手にした剣を突き上げた。みたび三度目の咆哮が上がった。
ワクリは急遽十八人の組頭を任命した。
補充兵を入れた新しい組は、二十人編成十五組と、二十二人編成三組とした。
昼前には、完全武装の十八組が広場に整列した。
ワクリは組頭を集めた。
「シオツは年寄りと女子供で六十人ほどだ。小頭が指揮官となって五つの組で襲え。残る十三組はグルカ砦に戻り、谷の入口から奥に向けて制圧して行く。そのために、動ける者は男女関係なく連れて行く。この大砦に残るのは、十二歳以下の子供と、その世話に必要な婆だけだ」
「どうやって制圧する?」
小頭のミシロが聞いた。
「斜面の灌木を切り払う。奇襲が出来なくなれば、こちらが有利だ。それには少々時間がかかっても潜む場所を無くすことだ。こちらがそれに取りかかっている間に、シオツを皆殺しにして来い。殺った奴の首は全部持ち帰れ」
昼過ぎ(十三時頃)五組が北へ、十三組が東へ向かった。
陽が落ちる頃(十七時)、五組は入江の砂浜から山に入った。
「小頭、このまま進んで夜襲をかけますか」
隊列を整えながら、若い組頭が聞いた。
「暗がりでは討ち損じも出るかもしれんな・・・足の速い奴を五人選び、様子を見させてこい。残りはタブシに入ろう」