谷間 八
谷 間 八
昼過ぎ、オロチ衆は三十五人を失うという惨めな戦果を残して砦に引き上げた。
生き残っている六人の組頭が、小屋に集まった。
「奴らを若造だと甘く見過ぎていたな。この鏃に弓の腕、撤収の素早さを見ると、相当な準備と訓練を積んでおる。奴らの潜んでいた茂みと射たれた兵士の間は、駆け上がれば追い付く距離だ。あそこから射てば、この鏃でなくても頭を突き抜ける。数頼みでいいかげんな攻め方をすれば、今日のようにやられる。奴らは奇襲で少しずつ倒せばいいと考えているようだからな」
ワクリが深刻な表情をした。
「ワクリ、ひとつ聞きたいことがある」
一番年嵩の組頭が、居住まいを正して尋ねた。
「お前とミシロは、頭達が討たれたあと、大頭とコムスの館を襲ったな。女に騒がれて組頭達が駆けつけたが、あのとき誰にも気付かれなかったらどうするつもりだったのだ?」
「うん・・・あの時話したと思うが・・・儂とミシロの組や、親しい仲間で砦を出て、ひとまずどこかの山か森に儂らの拠点を作るつもりだった」
「ひとまず?」
「そうだ、あの馬鹿な組頭達に砦を仕切ることはできん。拠点を作ってみんなに声をかけるつもりだった。半数かそれ以上の者がこちらに付くと読んでいた。そこで兵士砦と鉄衆砦のいくつかを儂らに渡すよう談判するつもりでいた。なあミシロ」
ワクリがミシロに声をかけた。
「ワクリの言う通りだ。組頭は三十人、それに付いて行く兵士が半数なら、ひとつずつで我慢するかと話していた」
ミシロが答えた。
「お前達の組の者や仲間は、その話を知っていたのだな」
「当たり前だ、だから一緒にいたではないか。疑うのなら聞いてみろ」
ワクリは心外だという表情になった。
「分かった、信じよう。どうだお前達、納得したか?」
年嵩の組頭は、他の三人に顔を向けた。
三人は互いの顔を見ながら頷いた。
「よかろう・・・ではワクリ、これからの事を考えよう。お前の言う通りで、シオツのガキ共を甘く見たためにとんでもない被害を被った。いま儂らの手勢は八十二人、ガキ共がお前が考える三十六人なら、正面からぶつかれば造作はない。だから奴らは谷にこもって、正面衝突を絶対に避けている。この敵をどう始末する?儂ら四人は、お前達の答え次第でお前を頭、ミシロを小頭としてもいいと考えておった。今の答えで納得したから、頭として策を出して欲しい」
ワクリは苦笑いしながら頭を掻いた。
「儂は頭になろうなどとは考えておらん・・・だがここは誰かが仕切らねば乗り切れんだろうな・・・お前達がそう言うなら、儂が頭、ミシロが小頭、お前達四人が組頭ということで策を練ろう。その前に兵士の補充が必要だ」
「奇襲しかできん若造三十六人を相手に、兵士が足りんと考えておるのか?」
組頭の一人が尋ねた。
「戦闘要員は十分だ。だが奇襲を防ぐには、十分な見張りが必要だ。見張りなら十二歳の者でも出来るだろう。敵の姿さえ捉えれば、こちらのものだ。見つけ次第片づけて行けばいい」
ワクリは一人一人の反応を確かめながら説明した。
「補充の対象となる十二歳以上は何人だ、調べたのか?」
年嵩が尋ねた。
「二百五十人以上にはなるはずだが・・・」
ワクリは答えながら一番若い組頭を見た。
「ざっと確認しただけで、二百五十はいました」
一番若い組頭が答えた。
「ここの八十二人と合わせれば三百人以上だな。もうひとつ案がある。シオツだ。こっちが手一杯でシオツに人を遣っておらんが、儂らがシオツを襲えば、奴らは谷から出てくるかもしれんぞ」
ワクリは年嵩の顔を見た。
「シオツな・・・奴らが谷に逃げ込んだのは儂らをシオツから遠ざけるため・・・さすがはワクリ・・・谷を無視して、シオツに総攻撃をかけてみるか。いずれ皆殺しにする奴らだ。先にやるか、あとでやるかの違いだな」
年嵩の目が、残忍な光を帯びた。