谷間 六
谷 間 六
「襲撃だ。左から射ってきたぞ」
兵士は、盾の下から声を上げた。
ややあって、後から誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。
「身を低くして固まれ、固まって盾で防げ」
この時フツシ達は、物見の二人を残し、奧へ移動中だった。
途中、物見を見張る者二人を、木に登らせた。
更に、木に登った者からの連絡を受ける者二人を、奧の茂みに潜ませた。
攻撃を仕掛けた斜面から三十分ばかりの尾根に、拠点のひとつがあった。
「何人殺れた?」
フツシは、戦闘姿をした三十人を見回した。
「俺の矢は外れた。的がつまずきやがった」
カラキが言った。
「他に外したと断言できる者はいないか?俺が見た限りでは、カラキの的以外は仕留めていた・・・ということは三十五人だな。みんなよくやった」
フツシは、緑と赤の顔の中に白い歯を見せた
「こんな攻撃が出来るのは今日までだぞ。敵も馬鹿じゃない、襲ったらすぐ逃げるという鉄則を忘れるな。それに、逃げ遅れた者を助けようとするな。逃げ遅れた者も助けが来ると思わないで、殺されるまで戦え」
ツギルが気の緩みを戒めた。
身を低くし、盾越しに周囲の気配を窺っていた兵士達は、すぐには動き出さなかった。
身を出せば矢を受けるのではないかとの恐怖心が、彼らを金縛りにしていた。
すると、後方から組頭らしき声が飛んだ。
「いつまでびくついてるのだ。斜面に向かえ」
この声が金縛りを解いた。
兵士達は盾で上半身を防りながら、斜面を登り始めた。
「敵はもういないはずだ。奧に逃げ込んだと思うが、痕跡を見逃すなよ」
兵士達は斜面に展開し、残った六人の組頭は、女がしゃがみ込んでいる場所に集まった。「兵士三十三人と組頭二人が殺られた。こんなに大きくて鋭い鏃を見るのは初め
てだ、鉄製だぞ。奴らめ、どうやって手に入れた」
射たれた兵士から抜き取った矢を手に、さっき兵士を叱咤した組頭が言った。
「こいつはすごい鏃だ、儂らの考えが甘かったな・・・やはり奴らは、どこかのたたら場と組んでいる。どうあっても奴らを皆殺しにせにゃ、あとが面倒になるぞ」
ワクリが言った。
「飛んできた矢は全部で三十六本、同時に射って二本目を射っとらん・・・弓を使うのは三十六人だ・・・それにしてもすごい腕だな。外れたのは一本だけだ」
ミシロが矢が放たれた辺りを見回した。
「お前達が捕らわれていた場所はまだ遠いのか?」
ワクリがようやく立ち上がった女に尋ねた。
「あの岩の左を少し登った所です」
女は小刻みに体を震わせながら指さした。