谷間 四
谷 間 四
鳴子を張ったお陰か、奇襲も無く夜が明けた。
澄み渡った秋空の下に広がる山並みは色づき、地の民は冬支度を始めていた。
この穏やかな時の移ろいの中、グルカ砦には殺気がみなぎっていた。
組頭達は前日までとは打って変わり、凶暴な表情を取り戻していた。
兵士達の身のこなしも機敏になり、目には闘志が光っていた。
「砦に兵士を残す必要はない、全組で叩き潰すぞ。いいか、谷に入る前でも油断するな。奴らには奇襲しかない。それが失敗すれば動揺する。そうなればあとはガキ相手の戦いだ。接近戦になればこっちのもんだ」
ミシロが檄を飛ばした。
そこへ、連れ去られていた女達が走り込んできた。
女達は、見張りの隙をついて逃げ出したと説明した。
「奴らは何人だ?」
ミシロが尋ねた。
「私達のそばにいたのは、三人です。でも時々誰もいなくなりました」
「その時逃げ出さなかったのか?」
「見張りがいなくなる時は縛られました。でもいる時は、囲いの中では自由でした」
「ふん、で、三人以外の者は見なかったのか?」
「誰も見ていません」
「見張りの歳は?」
「十七か、十八か・・・」
「奴らは、捕らわれていた所より奥に逃げ込んだのだな?なぜ逃げ出す隙が出来たのだ?」
「捕らわれていた所に、砦から奪った食糧がありました。一人の男がとても慌てた感じで帰ってきて、三人で食糧を運んで行きました。一度運び出すとなかなか帰ってこないので、きっと遠くに運んでいるのだろうと思いました」
「その時は縛られてはいなかったのか?」
「長時間いなくなる時は縛られましたが、すぐ帰ってくる時は縛りませんでした。ですから最初は、すぐに帰ってくるのだと思っていたのです。でも二時間くらい帰ってこないので、三度目に姿が見えなくなった時に、逃げ出しました」
「往復二時間ということは、片道一時間の距離・・・かなり奥に入ったな。で、捕らわれ ていた場所からここまでの時間はどのくらいだ」
「谷に沿って逃げれば見つかると思い、山の中腹を伝って来ましたから・・・二時間くらいかかったと思います」
「男の足で谷に沿って行けば、一時間ちょっとということか・・・そこへ案内できるか」「できます」
「よし、では今から案内してもらおう」
ミシロの言葉に女達は顔を見合わせた。
しかし断れないと察したのか、一番年上の女が案内を買って出た。