谷間 二
谷 間 二
昼過ぎ、討伐班の六組九十三人が、グルカ砦を出た。
川沿いに三十分ほど進むと川幅が狭くなり、両側の山が川を飲み込むように迫っている。
討伐班はその手前の山裾で止まり、組頭が集まった。
「この谷は何度か通ったことがある。だが、その時は敵などおらなんだ。今は奴らがどこかに潜んでおる。まず偵察を出して様子を探ろう」
組頭の一人がしたり顔で言った。
しかし命ずる者がいないため、結論が出ない。
結局、籤を引いて偵察組を決めることになった。
兵士九人と若者八人の、数は多いが組織としては危うい組が引き当てた。
偵察組は、縦一列になって、狭い谷の道に分け入った。
五百米ほど進むと川幅が少し広くなり、両側の斜面も緩やかになった。
ここで組頭は、二人づつの八つの組を作った。
左右の斜面に等間隔で四組を配置し、自らは一人で谷の道を受け持つことにした。
各組が持ち場に着くと、声を掛け合いながら奥に進み始めた。
フツシ達十八人が、入口の急斜面の茂みに展開していた。
その中の九人が、偵察の歩調に合わせて奥に消えた。
残る九人は、入口からの侵入者に備えた。
待ち伏せの十八人が、偵察兵の姿を捉えた。
各自攻撃対象を決め、木の上の者は、射つ態勢をとった。
充分に引きつけて射つことになっているが、判断は木の上の者がする。
茂みの者にも偵察兵の姿が見え、射程内に入った。
頭上で弦の音が聞こえ、兵士の左胸に矢が突き立った。
射たれた兵士は、声も立てずに両膝から崩れた。
これに気付いた隣の兵士が梢を見上げた時、茂みから放たれた矢が胸板を貫いた。
苦痛の声が上がったが、それは谷を渡る風に吸い込まれた。
全ては一瞬の出来事だった。
後をつけていた入口組は引き返し、待ち伏せ組は死体を近くの窪地に隠した。
現場の痕跡を消した待ち伏せ組は、再び元の位置に潜んだ。
「頭、全員一矢で仕留めたぞ。今頃は死体を隠して元の配置に戻っているだろう」
戻ってきたアスキが、フツシの耳元で囁いた。
「見ろよ、こっちの連中は暢気なものだ。偵察が全滅したとも知らず、だれ切っている」
茂みの斜め下を見ながらフツシが囁き返した。
兵士達は、座って雑談しているようだが、寝転がっている者も何人か見える。
「今襲えば、何人殺れるかな?」
アスキがフツシの顔を見た。
「初めに十八人、次はその半分として、二十七人。ここには七十六人いるからな・・・」
フツシが思案顔で答えた。
「二十七人か・・・残りは四十九人。待ち伏せ組も攻撃に加えれば、二矢で五十四人は殺れる。取り逃がすのが二十二人・・・三矢目で何人殺れるか・・・どうする?」
アスキが判断を求めた。
「仕掛けるかどうかは後にして、みんなをすぐに集めろ」
周りに集まった小頭達に、フツシが問いかけた。
「三矢目を全部外しても、あと五十四人殺れる。それだけを殺って矢攻めを知られるか。それともここは引くべきか・・・みんなどう 考える?」
「俺は攻撃すべきと考える。早くしないと動き出すぞ、もう偵察隊が帰ってもいい頃だからな」
ツギルが珍しく強い口調で言った。
「よし、攻めよう、しかし弓だけだ。組頭は絶対仕留めろよ、それに谷から出て追いかけるなよ。もし反撃してきたら、奥に逃げ込む」
散開する兵士達から少し離れた所に五人の組頭が集まっていた。
「あいつらどこまで入ったんだ?・・・もう帰って来てもよさそうなものだが」
言いながら谷に躰を向けた組頭の目に、何かが飛んでくるのが見えた。
「矢だ」
言おうとした時、胸を貫かれていた。
残る四人の組頭は、矢を見ることもなく倒れた。
兵士達も同じだった。隣の兵士が倒れたのに気付いた時には、自分も苦痛を感じていた。一矢で三十六人が倒れた。
第二矢も外さなかった。
これで更に三十六人が倒れた。
三矢の対象となった四人は、走り出していた。
数歩走った所で、四人とも何本もの矢を受けた。
異形の集団が谷から走り出て、突き刺さった矢の回収を始めた。
「息のある者は止めを刺せ。死体は・・・どうするかな」
息絶えた兵士達の中に立ち、フツシはツギルを見た。
「こいつらもあの窪地に隠そう・・・思った通りになった」
ツギルは、あちこちに転がる七十六の骸を見回しながら呟いた。
「思った通りとは?」
フツシが尋ねた。
「頭は二矢目で仕留められる数を、半数と考えただろう。頭の立場ならそれが当然だ。しかし俺は、至近距離からの不意討ちだから、三矢まで射止められると思った。みんなの腕を知っているからね」