谷間 一
谷 間 一
オロチ衆が打ち合わせをしている頃、谷の中でも迎撃準備が行われていた。
オロチ衆の動きは、フツシ達の想定より大幅に遅れていた。
その上、指揮を執ると考えていた組頭全員が殺されていた。
この二点が、フツシ達に時間を与え、手間を省いてくれた。
だが、組に補充された若者の数は、想定を大きく超えていた。
これからの戦いで兵士が減っても、更に年下の者達が編入されると考えておかなければならない。
そうなると敵の数は想定の倍近いものとなり、終結までの時間が長くなる恐れがある。
時間がかかれば味方の犠牲が増え、矢の数が足りなくなることも考えられる。
谷の中の茂みに、フツシは小頭達を集めていた。
「俺達の矢は千六百しかないが、敵の数は三百を越えるかもしれんぞ。一人殺るのに五本使えるかどうかだな。これまでは油断している相手を狙ったから、なんとか一矢必殺でやれた。だが、これからはそうはいかん。出来るだけ引きつけて、正確に狙うようにさせろ」
このフツシの指示に頷きながら、スキタが口を開いた。
「引き返した五つの組が帰って来たら、この谷に偵察を入れて来るぞ。何人来るかだが、こいつらをどうする?」
これにツギルが答えた。
「入ってくるのはせいぜい五人、多くて十人・・・余程度胸がなければ、ひと組の十五人位かな。何人来ようが 全員殺ろう。偵察が一人も帰らなければ、奴らは益々怯える」
これを聞きアスキが身を乗り出した。
「どう殺るんだ?」
ツギルはアスキを正視し、淡々と説明した。
「十八人が、谷の入り口近くに潜む。九人が少し奧に入った所の木の上に潜む。あとの九人は潜んでいる木と木の間の茂みに潜む」
「待ち伏せだな。で、どう攻める?」
アスキはツギルを見返した。
「まず木の上の者が、敵が射程に入れば射つ。上からの攻撃を受けた敵は、とっさに上を見るはずだ。そこを茂みの者が射つ。二度の攻撃で生き残った奴は、谷を出ようとする。その時、顔は谷の奧に向けて背中から後退するはずだ。その背中を入口の者が射つ」
言い終わるとツギルは、その場にいる者を見回した。
「入り口近くに十八人も潜ませる必要があるのか?」
アスキが尋ねた。
「そんなにはいらないと思う。だが、気配を感じた外の者が入り込んで来る場合を考えておく必要があるだろう。もしそうなったら、弓で迎撃するしかない。十八人でも足りないかもな。・・・ここで奴らは俺達の攻撃が弓だと知る。そうなると、それからあとは弓を警戒しながら攻めてくるはずだから、やりにくくなるな」
ツギルが答えた。
「偵察はひと組だな。それに気配を感じても、外の奴らは入っては来ない」
フツシが断言した。
「なぜ分かる?」
スキタが尋ねた。
「奴らは、人数は増やした。だがあの動きを見ていると、今のところ全体を仕切る者はい
ないな。それに組頭も、腹を決めて組を動かしているとは思えない。どう見ても危険を冒したくないという動きだ」
フツシが分析した。
「頭の言う通りかもしれんな・・・何人殺れるかな。そこで弓に気付かれなければ、計画通り女を逃がそう」
ツギルはフツシを見た。
フツシは頷き、作戦の伝達と配置を指示するように命じた。