大砦 三
大 砦 三
イクチを押さえ込んだ若者達は、喉元から血を滴らせて横たわる頭達が息絶えているのを確認すると、よろける足で頭席に走った。
そこには、酔い潰れた兵士と同じような姿の頭達がいた。
「頭、大変だ、起きて下さい」
若者の一人が、コムスを揺り動かした。
コムスは何も答えない。
更に揺り動かすと、がくりとうなだれた。
その首筋から背中が、真っ赤だった。
「死んでる。ほか他の頭は?」
コムスを揺り動かした若者が周囲を見回した。
駆けつけた若者達は、頭 や小頭を探した。
「大頭はどこだ?大頭を捜せ」
十人ばかりの若者達が四方へ散った。
ややあって、建物が並ぶ方角から叫ぶ声がした。
「どうしよう・・・大頭も小頭も・・・みんな殺された」
一人の若者が、怯えた声で、周りに呼びかけた。
「組頭を捜そう」
ヤツミは、闇に白い穂が波打つススキの中を走っていた。
どこに向かって走ればいいのか分からなかったが、追跡から逃れたい一心で走った。
後ろに足音が聞こえている。
その音から逃れたかった。
「ヤツミそっちじゃない、俺についてきて」
ウズミの声だ。
ヤツミは、声が走る方へ向かった。
「もう大丈夫だ。追ってこない」
ウズミが速度を落とし、大きく左に曲がりながら声をかけてきた。
「集合地とは違う方向に走ったから、こっちに戻らなきゃ」
「じゃあ、まだ遠いのか」
「少し遠回りになっただけだから、もうすぐ」
ウズミの言う通りだった。
少し行くと、草むらに人影が見えてきた。
「イクチは?」
フツシの声だった。
その声を聞いた途端、ヤツミの全身に震えが来て、腰が砕けた。
「イクチは殺られたのだな」
ヤツミは返事をしようとフツシの顔を見上げたが、喉から声が出ない。
しゃがみ込んでいるヤツミの胸ぐらを、フツシの強い手がわしづかみにして引き上げた。フツシの顔が目の前に迫った。
「立て、済んだことはもういい。次を考えろ」
ヤツミは自分の足で立ったが、躰はまだ震えている。
その躰を、フツシの両腕が抱きしめた。
暖かく力強かった。
その力がふっと消え、両肩をがっしりと捕まれた。
「じきに奴らが来る。イクチの死を無駄にするな」
フツシの目は静かだったが、両肩から伝わる力は強かった。
ヤツミの震えは止まり、足に大地の感覚が蘇ってきた。
「よし、お前達は後ろに回れ。ここが済んだらダキル砦だぞ」
組頭達は次々と起こされたが、状況を理解したのは、一時間以上経ってからであった。
しかし命じる者がおらず、何をしたらいいのか分からなかった。
酔いの醒めきらない四百人近い男達だったが、右往左往する間に、本来の集団にまとまり始めた。
真っ先に動いたのは、兵士砦の集団だった。
組頭が、何かを思い出したかのように、自分の砦に向かって走り出した。
それにつられて、兵士が走り出した。
兵士砦から来ていた若者達も、走り出そうとした。
それを大砦の若者達が引き留めた。
「俺達も帰る」
「いや待て、お前達は明るくなってから帰ればいい。この暗い中を、武器も持たずに出れば危険だ」