策謀 十一
策 謀 十一
その頃タナブは、見舞いの礼と称してニタの山を訪れていた。
骨折は治り、日常生活に戻っていた。
耳が削ぎ落とされた顔は異様であるが、髪の毛に隠れて見えない。
「元気になってよかった。五十を過ぎてからの怪我は治りが遅いでな」
タナブより少し年上のニタのおさ長は、心底喜んでいた。
「あの程度ですんだのはフツシのお陰じゃ。あれが駆けつけてくれるのがもう少し遅ければ、儂の命は無かった」
「この間もフツシと言っておったが、シオツに住む青銅造りの渡来人の若者じゃったな」
「サタの娘婿じゃ。これがなかなかの者でな、儂が襲われたのは、この者ゆえじゃ」
タナブは、これまでのいきさつを話した。
「実は明後日はな、儂ら山の長三人と、集められるだけの森の長達の寄り合いとなる。フツシは儂らに手を貸せと言ってはおらん。事が済んだら、全ての者がもっと暮らしやすい秩序を作るから、いつも通りにしていてくれというだけじゃ」
「海辺や、野辺の長には、声をかけてはおらんのだな?」
「海辺の衆は、見回り組としてオロチ衆に使われておるで、話が漏れる恐れがある。野辺の衆は、オロチ衆を一番恐れておるが、数が多いゆえに話が漏れやすい」
「ふむ、お前がこうなることを覚悟してまで手を貸した男というからには、相当な者であろうな・・・よかろう、儂も乗ろう。トルチは証拠があろうが無かろうが、近いうちにお前を殺すつもりだ。その前に片を付けねばならぬ」
「今夜はここに泊めてもらい、明日ヨコタに行く。明後日、陽が真上に至る時に、ヨコタの東の一番高い峰に来てくれ」
「トルチの手の者が、お前をつけておるのではないか?」
「いや大丈夫だ。見舞いの礼にこの山とヨコタの山へ泊まりがけで行くが、流れ者は大丈夫かと、直接トルチに話した」
「なんと答えた」
「オンゴルやキルゲの縄張りじゃから知らぬ、お前には強い取り巻きがおるから心配は無かろうとぬかしおった。それでも念のため、時間をずらして後ろに三組歩かせておる」
二日後、地の者がトリカミと呼ぶ峰の頂きに、八人の森の長と三人の山の長、そしてフツシの顔が揃っていた。
長達の中に立つと、肩から上が抜きん出る若者は、異形だった。
サタが、これまでのいきさつと、タナブが怪我を負った本当の理由を述べた。
フツシは、新しい秩序を約束し、事が収まるまで静観してくれるよう求めた。
「秩序を維持するには、その仕事をする者を置かねばなりません。そのために上納が必要ですが、十が一とします。またこれまで隠してきた海の向こうの新しい技術や知恵を、全ての民に伝えます。この地の東と西と南にどの様な民が棲んでいるのか全く知りませんが、その民達とも争うことがないような秩序を造り上げたい」
「お前さんの身内だけで四百人以上のオロチ衆を相手にして、確実に勝つ自信があるのじゃな」
タリの長が質した。
「二年間、オロチ衆に張り付いて調べました。どう戦うかの計画も立てております。こちらに一人の犠牲も出さないつもりではありますが、そうは行かないでしょう。十日以内に終わらせようと思っております。しかし、初戦でこちらの犠牲が多ければ、もっと時間がかかるかも知れません。オロチ衆が全滅するか、俺達が全滅するかの戦いとなります。万一俺達が全滅した時のことを考え、戦いには皆さんを巻き込みたくはないのです」
「フツシ、本当のことを言え。さもなくば皆は信じぬぞ」
サタが言った。