策謀 十
策 謀 十
タナブ襲撃後も、サタやキスキは普段通り飄々としていた。
行動を変えれば、かえって怪しまれる。
フツシ達も、何も変えなかった。
タナブは、通りがかった流れ者に襲われたと吹聴し、問題にけりをつけた。
トルチも、長を暗殺しようとして失敗したとは誰にも言えず、沈黙を守った。
表面上は全てがいつも通りに動いていた。
しかしトルチの疑念は、むしろ大きくなっていた。
トルチは、不審者監視の名目で、頻繁に山を訪れるようになっていた。
・・・あの爺めどこに出かけたのか。儂に隠れて造った鉄を、どこの誰にさばいた?この山で製品にした気配はない。山の南の民か?北には鍛冶のできる者はおらん。まてよ、シオツの連中ならできる。だが海辺にそのような場所はない。青銅造りの山か?いや、青銅ですら半端な腕の若造達に、鉄は扱えぬ。親父達が山に入ればできぬ事もないな。だが、儂の兵士の目をかいくぐって北へ鉄が運べるか?無理だな、やはり山の南へ運んだな。それとも南の民が受け取りに来たのか?
トルチの猜疑の眼差しが隅々まで張り巡らされたが、ヨシダの山の生活は淡々と営まれており、タナブが襲われて怪我をした以外に、変わったことはなかった。
タナブの怪我見舞いに、近隣の山や森の長達が、三々五々訪れはじめた。
いずれも、屈強な若者数人を連れていた。
しかし、彼らはトルチの猜疑の対象ではなかった。
その中に、ニタとヨコタの長もいた。
タナブは、二人には怪我の件で話すことがあるからと、後日の約束を取り付けた。
赤や黄色に色づいたブナ林を辿る獣道を、若者と三人の老人が歩いていた。
フツシとサタとキスキ、それに、ミトヤの長も一緒だった。
タナブの提案で、寄り合いに集まる長をできるだけ多くすることになった。
ミトヤの長は、サタとキスキの紹介で鏃や刃物の提供を受けており、即座に賛同した。
四人が目指すのは、ヒノボリの東南の、クヒスの森である。
クヒスの長はキスキの嫁の兄だが、キスキとは本当の兄弟のような仲である。
今回の件は既に説明してあり、クヒスの北に接するテングの森と、東に接するナクリの森の長を集めてくれた。
三人は、フツシとは初対面であったが、西の三つの森の長が一族の将来を賭けるまでに信頼した若者の決意に賛同し、協力することを誓った。
その場をとりまとめたクヒスの長が言った。
「ここまで森の長を揃えたのであれば、アビレとタリの長にも声をかけようではないか」「アビレとタリ?」
フツシが復唱した。
「ナクリの森の南にアビレ、その更に南にタリの森がある」
クヒスの長が説明した。
「寄り合いは、ヨコタの東の一番高い峰じゃ。アビレもタリも、峰の麓になる。直接そこに来てもらおう」
キスキが言った。