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スサノヲ  作者: 荒人
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策謀 九

策  謀 九


 タナブは一泊し、固めを口実にして、サタが大切に残していた壺の酒を飲み干してしまった。

翌日、陽がかなり高くなった頃、タナブはゆっくりとした足取りでヨシダの山へ向かった。

来る時は、子供連れの若夫婦と一緒だった。

若者の嫁はスサの森の者で、今でいう里帰りだった。

若者には、もう一泊してから帰ればよいと言ってあった。


 森を出て間もなく、タナブが見えるか見えない距離を開けて後方を歩く一人の男がいた。

タブシ者だった。

その男を、小高い山の木陰から見詰める二人の男がいた。

サタとフツシだった。

「フツシ、見たな・・・どうする」

 サタはフツシを振り返った。

タナブがトルチの話をした時、サタは、タナブが監視されているだろうと考えた。

トルチは、タナブの行動を探り、そこから何かを嗅ぎ出そうとしている。

今回のスサの森訪問は、部下の嫁の里帰りに同行しただけで、よくあることだ。

問われれば、どのようにでも言い繕える。

しかし監視を付けたトルチが、それを額面通りに受け止める訳はない。

監視の者は、森には入って来ない。

一歩森に入れば、サタの部下の目が光っている。

例え夜でも、よそ者が気付かれないで集落に近づくことは不可能である。

密談が聞かれた心配はない


 フツシは迷った。殺すのは簡単である。

しかし監視が帰ってこなければ、トルチのタナブに対する疑惑が強まる。

だが監視されていることを知らないタナブが、監視者に手を下すことはない。

迷っているフツシに、サタが追い打ちをかけるように言った。

「あ奴は、タナブの行き先を見極めたあとで殺すよう命じられておるかもしれんな。昔からオロチ衆は、儂らの命など虫けら程度に見ておる。奴らの親父はひどいものじゃった。(おさ)の一言が気に障ると、その場で刺し殺すこともよくあった。しかし殺り過ぎて、鉄の出が減った。それで奴らも手荒なことは手控えるようになり、儂らも機嫌を損ねることは言わぬようにしておる。若い頃に比べて随分大人しくなったが、トルチが一番凶暴だった。トルチめ昔に戻ったか」

 この言葉が、フツシに決断させた。


 フツシは山を駆け下り、険しいが近道を走った。

小さな丘を越えた所で、男の姿を捕らえた。

男は、フツシに気付いてはいない。

道は、両側から山が迫る谷間に差し掛かっていた。

男の足が速くなった。

フツシは息を整えながら、男に迫った。

その時、前方から人の争う声が聞こえた。

男が走り出した。フツシも走った。

男はフツシの足音に気付き、振り返った。

追いついたフツシは、体当たりしながら左腕を男の首に回した。

同時に右手に逆手に持った小刀を、心の臓に深々と食い込ませ、少し右に引いた。

拳を濡らしながら血が吹き出し、フツシの左腕に男の体重がかかった。

フツシは、男を押し飛ばしながら声の方向に走った。


 そこではもう一人の男が、タナブに(なた)を振りかざしていた。

タナブは、男が鉈を持つ右手首を、両手でわし掴みにしていた。

タナブの左耳の辺りから肩にかけて、真っ赤な血が流れている。

男は、鉈を左手に持ち替え、振り上げた。

後から迫ったフツシは、その左手を掴み、順手に持った小刀を、心の臓の裏に突き入れた。

刃先が(あばら)に当たり、微かな抵抗を感じたが、小刀はすっと根元まで入り込んだ。

フツシは、柄を掴んだ拳を、思いっきり右に捻り、抜いた。

男の背中から血しぶきが飛び出し、フツシの顔も胸も真っ赤に染まった。

男の躰がフツシの足下に崩れ落ちた。

男の右手を握りしめていたタナブも、腰砕けとなった。

「タナブ、大丈夫ですか」

タナブの左耳は綺麗にそぎ取られ、心臓の鼓動に合わせて血が盛り上がっていた。

左鎖骨も折れたようで、左肩が前へ飛び出していた。

タナブはあえぐように口を動かすが、言葉にならない。


 フツシは、道端に生えていたヨモギをしごき、タナブの傷口を覆った。

着ていた上着を脱ぎ、小刀で裂いてタナブの顔をぐるぐる巻きにした。

その頃になって神経が目覚めたのか、タナブは苦痛の声を発した。

「ここでは骨の手当は出来ません。痛いでしょうが我慢して下さい」

 フツシはタナブを背負い、スサの森に向かった。

少し歩いた所に、サタと手下が追い付いてきた。

タナブを背負った血だらけのフツシを見て驚いたが、藪から竹を切り出し、タナブを寝かせて運ぶ()を作った。

「一足遅ければ、タナブは殺られていました。一人があの場所で待ち伏せており、後を付けていた男はそれを知っていたようです。供の者がいても、殺るつもりだったようです」 フツシは、小川で返り血を洗い流しながら、サタに状況を説明した。

黙って聞いていたサタが手下を呼び、何事かを命じた。

手下は頷くと、襲撃現場に向かった。

「奴らの傷がひとつではまずい。何人もの手で殺られたと見えるようにさせた。タナブは、何者かに襲われたから迎えの者達が返り討ちにしたと言えばよい。トルチは何も言えぬ。奴らの死体は、どこから帰ってきたか分からぬように山の近くに運ばせる」

「しかし、傷の養生をこの森でしていれば、おかしいと思われませんか」

「ここに置くのは今夜のみ。明日には山へ連れ帰る。連絡がなくてトルチが不審に思うのは、早くても十日はたってからじゃろう」

「なぜですか」

「トルチは、タナブの行き先を突き止めてから殺せと命じておったはず。それがいつになるか分からぬから、殺れば報告することになっておったであろう。動きがなければ、その旨の報告もしておっただろう。連絡は、砦と山の距離を考えれば・・・十日か半月に一度といったところであろうな」


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