策謀 二
策 謀 二
多数の篝火が置かれた大砦の広場は、人で埋まっていた。
一番大きな建物の前に頭達の席があり、中央に大頭オロチとコムスが陣取っていた。
頭の後ろには小頭が控えており、組頭以下は反対側に組単位で席を占めている。
鉄衆砦の頭達の向かい側には、集落や民の長と、各砦の十二歳以上の男子が群れている。
長達は、上納とは別に獣や鳥あるいは魚や果物を手土産として携えてきている。
それらの品々を、大頭への挨拶と共に差し出す。
それらはすぐに広場の端にある賄い場に運ばれ、女達の手で調理される。
最後にフツが大頭の前に進み出た。
「大頭、儂らの手土産はその瓶の酒です。飲んでみてくだされ」
「なに、酒とな・・・」
オロチは瓶を見た。横からコムスが椀で掬って差し出した。
「ほう・・・なかなか良い香りがしておるが、これが飲めるのか?」
「先ほどコムスにも説明しましたが、海の向こうでは祭り事にはこの酒がつきもの。大頭も話くらいはお聞きになっているかと・・・」
「爺さんからそのような物があると聞いたことがあったかな・・・造り方が分からぬとかで、誰も飲んだことはない。な、コムス」
オロチは椀を差し出したコムスを見た。
「うん。これが届けられた時、儂もなんとなく名前を思い出した。そこで試し飲みをしてみた。実に旨いぞ」
このやり取りを見ていたサタが進み出た。
「大頭、フツの息子に子が生まれ、その祝いに儂もその酒を振る舞ってもらった。生まれて初めて口にしたが、海の向こうではこんな旨い物を飲んでおるのかと驚いたわ。大頭が飲まぬのなら、儂に振る舞ってくださらんか」
「サタは飲んだことがあるのか。よし、この椀をお前に振る舞おう」
オロチは持っていた椀をサタに差し出した。
それを受け取ったサタは、喉を鳴らして飲み干した。
「うーん、実に旨い。あの時フツは、小さな瓶一個持って来ただけじゃった。この大きな瓶に八個も持ってきたとはなんと豪勢な・・・大頭、お前様達が飲まぬのなら、儂らが全部もらいたいが・・・」
「ちょっと待て、飲まぬと言ってはおらんぞ」
オロチは自ら近くの椀を取り上げ、瓶から酒を掬った。
「おう、旨い。喉にかっと来るが・・・旨い。お前らも飲んでみろ」
オロチは左右に陣取る頭達の顔を見た。
その言葉を合図に、全員が飲み始めた。
コムスは、立て続けに飲み干している。
全員から感嘆の声が漏れた。
大頭も既に三杯目を流し込んでいる。
「フツ、これは旨い。なぜもっと早く持ってこなかった。お前達だけで隠れて飲んでおったのではないか」
大頭は、少し酔いの回った目で睨んだ。
「滅相もない。隠居をするまで酒造りの余裕など・・・。塩造りの合間に近場の山を歩いておりましたら、材料となる実が沢山あることに気付きました。長い間造ったことがなかったので、みんなとあれこれ思い出しながら試し造りをしたのが去年。この時は小さな瓶ひとつでしたが、ちゃんとできましてな。そこで今年は皆の衆にも振る舞おうと、大きな瓶で造りました」
「これで全部か?」
「いえ、祭り事用に大瓶二つ残しております」
「大瓶とはこの瓶のことか?」
「いえ、いえ、大瓶をこの砦まで運ぶことはできませぬ。これは運べる大きさでは一番大きな瓶」
「大瓶とはこの瓶何個分だ?」
「さよう・・・三個くらい」
「よし、ではこの瓶ひとつ分をお前達の祭り事用に残し、あとは全て持ってこい」
「はっ・・・では後日」
「コムス、あとでこの瓶五個が届く。お前の瓶は組頭や兵士達にも飲ませてやれ。お前はここから飲め。砦の頭は、六人で二瓶もあればよかろう。残りは兵士に飲ませろ」
普段は欲深い大頭も酔いが回ったのか、大判振る舞いを始めた。
酒が性に合うらしいコムスは、後の席で顔を真っ赤にして大声を出し始めたハツミに自分の瓶を渋々渡し、大頭の命令を伝えた。
「えっ、大頭がそのようなことを?それは、それは・・・おい組頭、大頭が兵士達にも酒を振る舞ってくださるぞ。みんなでありがたく頂戴しろ」
これまでの成り行きから、どんなに旨い物だろうと生唾を飲んでいた組頭達は、兵士に五個の瓶を運ばせて行った。
間もなく兵士達の間からどっと声が上がった。