策謀 一
策 謀 一
その年の収穫の宴はこれまでになく賑やかなものとなった。
シオツから上納された酒は好評だった。
フツは二人で担げる中くらいの大きさの瓶八個を、十六名の若者に大砦まで運ばせた。
「フツ、それはなんだ?」
食糧頭のコムスが近寄ってきた。
「酒じゃ。造ってみたらうまくできたので、頭達にも飲んでもらおうと持参した」
コムスは蓋を開け中を見た。
「ふん・・・なかなかいい香りがしておるな。これを飲むのか?」
「海の向こうにおる頃は、祝い事や祭り事に酒は付き物じゃった。砦の衆は飲まぬか」
フツはとぼけた。
「酒という物のことは聞いたことがあるような気がするが、始めて見た。旨いのか?」
「この通り、頭衆にひと瓶ずつ持ってきた。この瓶はあんたのじゃ。飲んでみなされ」
コムスは、フツの顔と瓶の中身を交互に見るばかりで、手を出そうとはしない。
「毒ではないぞ、儂が飲んで見せよう」
フツは、持っていた小さな椀ですくい、一口飲んで見せた。
「うむ、旨い。あんたも飲んでみなされ」
椀に残った酒を差し出した。コムスは仕方なしに受け取ったが、臭いを嗅ぐだけで飲もうとはしない。
「無理に飲むことはない。他の頭衆は飲むかもしれん。あんたがいらないのなら、欲しがる者にやってくれ。それは儂が飲む」
言いながら、フツは椀に手を伸ばした。
「ちょっと待て、飲んでみよう」
コムスはフツを制し、椀を口に運んだ。
「うん・・・これは旨い。香りだけではなく、味もいい。喉にかっとくるが・・・」
と言いながら、フツの目を見た。
「その、かっとくるところが酒のいいところだ。その程度では口をつけただけで、本当に飲んだとは言えん。今はあんたも役目があるだろうから、宴が始まってから飲む方がいいだろうな。ところでこの瓶はどこに置けばいいのかな、できれば陽が当たらない場所がいいがな・・・」
「その建物の横に並べておけ。宴の時には、頭達の前に置くようにする。儂の瓶はここに置け・・・もう一杯試し飲みをしてみよう」
酒が気に入ったらしく、コムスは椀に半分ほど掬い、ごくりと飲んだ。
「うー・・・旨い。フツ、これは旨いな」
コムスは椀の残りを、一気に飲み込んだ。
「今はもう止めた方がいい。飲み過ぎると酔うからな」
「酔う?それはどういうことだ?」
「気持ちがよくなり、愉快になる。人によっては、飲み過ぎると気持ちが悪くなると言うが、儂はそんな経験はない。兎に角、楽しくなるぞ」
「儂は・・・何となく躰全体がかっとしてきたが・・・」
「水を飲んでおけ・・・それ以上飲まなければ、すぐに元に戻る。その瓶は蓋をして、自分の席に置いておくことだ。宴が始まってから、たっぷり飲めばいい」
フツは瓶に蓋をしてやり、若者達を指示して建物の横に運ばせようとした。
「待て、ついでのことだ頭達の席まで運んでおけ。おい、この連中を宴の席まで案内してやれ」
コムスは、近くにいた世話係の女に指示した。