密造 七
密 造 七
その日のうちに帰るつもりでいたフツシだが、アシナ親娘の窮状を何とかしてやりたいという気持ちと、薄汚れた男姿の下に潜むイナタの本当の姿を見てみたいという気持ちから、帰路につく時を失してしまった。
「間もなく暗くなります。こんなむさ苦しいところですが、今夜は儂らの小屋でお泊まり下さい。木の実ばかりですが、夕餉も用意しております」
「申し訳ない。すぐに引き返すつもりが、つい話し込み・・・」
恐縮するフツシの目の端に、炒った椎の実と胡桃を盛った土器を持つイナタの姿が見えた。
若い動きはイナタであるはずだが、フツシが見たのはイナタではなかった。
フツシは向きを変え、イナタを正視した。
・・・・・何と、これが薄汚れた男姿の者か。
目の前にいるのは、髪こそザンバラだが、凛とした娘だった。
「これが先ほどのイナタ・・・こうも変わるとは」
これまで黙ってフツシを見つめていたアシナの嫁が口を開いた。
「フツシ様、お願いでございます。この娘をお助け下さい」
イナタは黙ってフツシの目を見ている。
その眼差しには、修羅を経験した者が持つ静けさと激しさが秘められていた。
同時に、媚びではなく救いを求める光を宿していた。
アシナが言った。
「この娘は、この地にいれば地獄を見ます。かといってこの地を離れることも出来ません。山の衆にも、森の衆にも救うことはできません。フツシ様、この娘を救えるのは、お前様だけなのです」
「なぜそう思う?」
「オロチ衆を憎む地の民は、お前様が何をしようとしているか、薄々感じ取っております。ヨシダの山からあれだけの砂鉄を横流しできたのは、お前様達に期待しているからこそ」
「何を言っておるのかよく分からないが・・・」
「ご安心下さい、儂らは味方。お前様達があちこちと縁戚を結び、身内と確信が持てるまで何も話さないのも分かっております。オロチ衆とつながりのある者達は何も知りません」
・・・この者達は信用できるのか。なぜこれ程までに知っている。
フツシは、アシナがオロチ衆に怯えるただの老人には見えなくなってきた。
・・・迂闊なことは言えない。しかし何か答えなければ。
フツシの胸中を察したようにアシナが言った。
「儂らがなぜこのようなことを知っているかと警戒しておられますな。ならば申し上げます。儂の嬶はサタの妹で、お前様の嫁オヒトの叔母となります。棲む地は違いますが、儂らはお前様の身内です」
「なんと・・・なぜそれを早く言わない・・・するとイナタはオヒトの従姉妹」
「そうです。身内と分かればお助け願えますか?」
「キスキから頼まれた者でもあり、身内でなくとも助けようと考えていた。しかしアシナが身内しか知らないことを言うので、キスキの目を欺いた敵の探索とも考えた」
「そこまで警戒しておられれば充分です。サタが、お前様は儂らの運命を賭けてよいお方と言っておりました。今日それを納得致しました。儂らに出来ることならどんなことでもお手伝い致します。お命じ下さい」
「命じるなどと・・・オヒトの叔母御ならば、俺にも叔母御。アシナは叔父御となる」
「フツシ様、イナタをどのようにお助け下さいます?」
これまでフツシを見つめていたイナタが、初めて口を開いた。
「オロチ衆を討つ。その後でお前を俺の嫁とする。叔父御これでどうかな」
イナタの頬に紅が走った。
「それは・・・お助け頂くだけでなく、嫁にまで・・・喜んで差し上げます」
「オロチを討つことは、シオツとカラキの山の者以外には初めて話した。サタが何かを感じていても、俺からは何も聞いてはいない。オヒトにも、何も話してはいない」
「オヒトに話さないことを、まだ嫁でもない私にはお話し下さいました。なぜです?」
イナタが尋ねた。
「これから俺が向かう所は地獄。オヒトは、地獄であろうとも供に行きたがる。俺が死ね
ば共に死ぬ女子だ。しかしお前は平然と待つ。俺が死んでも生きる女子だ。俺には、その様な女子も必要」