訓練 七
訓 練 七
身を潜めて休む場所に関しては、フツシにも案がなかった。
彼らの行く先が分からなければ、シオツやスサやヒノボリが報復攻撃の対象となるだろう。怒り狂った兵士達は、残虐行為に走る。
それを防ぐには、戦闘を継続しながら指導者を倒すしかない。
誰もが考えあぐねていると、東の土地の民と親しいヤツミが、グルカ砦から北東に向けて線を引きながら言った。
「グルカ砦から川に沿って北東に行く。この川に沿った谷には、身を潜めるのに都合のいい場所がいくらでもある。夜が明ければ、グルカ砦の者が俺達は谷に逃げたと伝えるだろう。午後にはオロチ衆の偵察が来る。適当に姿を見せながら奥に逃げ込む。そうすれば翌日には全員で攻め寄せて来るだろう」
「なるほど、その谷沿いにな・・・全てが予定通りに行ったとしても、百人の兵士が残っている。こいつらをどう倒すかだが・・・ツギル、いい案はないか」
フツシが上を向いて目を閉じた。
答えを求められたツギルが、ヤツミの引いた線になにやら書き込みながら答えた。
「オロチ衆は、俺達が弓で戦うことをまだ知らない。どう攻めて来るかな?」
「俺達の足跡を辿り、追い付いたところで、数と力で一気に襲いかかる」
アスキが答えた。
「大方そんな考えだろうから、川沿いに縦に連なって進んでくる」
ツギルは細長い楕円を描きながら続けた。
「まずこの先頭」
と言いながら楕円の先に大きな×印を付けた。
「次にここが先頭になる」
楕円に付けたた×印の後に、もうひとつ×印を付けた。
「次はこちらだ」
と言いながら、楕円の後に×印を付けた。
「これで何人倒せるかだな」
ツギルは一人で納得してフツシを見た。
「これはどういうことだ?」
フツシが怪訝な表情でツギルを見た。
「川沿いでの最初の戦いでは、オロチ衆にはこちらの戦い方が分からない。だからアスキが言うように、百人が川に沿って縦に長く連なって進むだろう。どうだ?」
ツギルはフツシに尋ねた。
「様子が分からないから半数を出したとしても、縦長で来るだろうな」
その答えを確認してツギルは続けた。
「俺達は全員を三つの組に分ける。ひと組は川沿いの山の中。もうひと組を、その奧の
川辺。最後のひと組を、更に奧の川辺」
と言いながら、線の少し横、それより奧の線上と、更に奧の線上にも丸を付けた。
「まずこの川辺の組が、充分に引きつけてから先を進む者を射つ。仲間に被害を出さないために、一人は一矢しか射たない。だから見分けがつくなら組頭を優先して狙う。射ったあと、全員が大袈裟に次の組が潜む所を越えて逃げる。これが最初の×印だ。オロチ衆は背中を見せて逃げる姿を追いかける。これを次の組が射ち、おなじように逃げる。これが次の×印。二度の待ち伏せを受ければ、オロチ衆も慎重になり、それ以上追うことはやめて態勢を立て直すために引き上げるはずだ。これを入り口近くの山の組が待ち伏せて射つ。後の×印だ。この時には、奧に逃げていたふた組も加勢する。撤退しようとしていたところを襲われれば、反撃より逃げることを考えるはずだ」
「さすがツギル。これで行こう」
フツシが膝を打った。
ツギルは表情も変えず、更に続けた。
「引きあげた奴らの中に組頭が何人残っているかで、その後の様子が変わるだろうな。全員が殺られていれば、兵士は戦意をなくすはずだ。生き残っている組頭が多ければ、態勢を建て直して反撃方法を考えるだろう。いずれにしてもこの戦法なら、二〜三日はこの山やスサ、ヒノボリから、奴らを遠ざけることができる」
「面白い戦法だ。谷の先はどうなっているのだ?」
フツシがヤツミを見た。
「山を下ると、森になる。森を抜けると草原になって、あの大きな湖に出る。しかし随分距離があるから、奴らが追い続けてくれれば、森を出るまでには始末できるだろう」