訓練 一
訓 練 一
山の仕事場へ続く谷の道を、梅雨雲が去ったあとのひと皮むけた陽の光を浴びながら、二人の男が歩いていた。
たっぷりの雨を受けて伸び出した小枝が、山の斜面から競い合うように飛び出している。先を進む男が立ち止まり、陽が傾き始めた空を仰いだ。
「今年は雨が多かったから木が元気だ。これから暑い日が続けば、草木の実は豊作だぞ」
アスキだ。
「振る舞うに充分な酒が造れるな」
フツシが答えた。
フツシとアスキが連れ立ってこの道を登るのは、大方一年半ぶりだった。
山は二人を歓迎するように緑が燃え立ち、草木の匂いに満ちていた。
間もなく、物見が潜む尾根が見えてくる。
フツシ達は、物見がどのような合図をするか楽しみにしていた。
「きょーん、きょーん」
尾根の方から、鹿の鳴き声がした。
それに呼応するように、向かいの尾根からも同様の声が聞こえてきた。
「フツシ、あれでは気取られる。受け手は他の音にした方がいい」
「そうだな。見張っているぞと、教えているようなものだな」
道は、二本の流れの合流点で左右に分かれる。
二人は広い左側ではなく、狭い右側に進む。
その小道は、左側が鬱蒼とした木々に覆われた斜面となっており、右側には狭い谷が流れている。
斜面の下に沿ってしばらく歩くと、急に視界が広がる。
前方の高台に、大きな建物を要として、十個ばかりの小屋が扇状に点在する。
久し振りに頭 と小頭が揃うということで、山に帰れる者が既に集まっていた。
「みんな元気か、怪我人はいないだろうな」
フツシは一人一人の顔を確認した。
「かすり傷はしょっちゅうだが、みんな大丈夫だ。森に残してきた連中はどうだ」
カラキが尋ねた。
「俺の所も、アスキの所も皆元気だ。うちの連中は弓の腕を上げたぞ」
「いいな・・・俺達もやりたい」
と言う声があちこちから上がった。
「もう少し待て。あいつらがもっと腕を上げたらここに帰し、みんなに教える」
その日は、フツシとアスキの土産話に花を咲かせながら、賑やかな夕食となった。
「カラキ、親父達はここへ顔を出してるのか?」
「鉄造りの準備にかかっている」
「たたら場は、別に造るのか」
「いや、変えない方がいいだろうということになった。万一の場合に青銅造りだと誤魔化すには、同じ場所の方がいい」
「鍛冶は?」
「それもここでやる方が目立たない。しかし最後の仕上げは、奴らには見つからない場所を考えている」
「どこだ」
「この上の沢の奥に、森があるのを覚えているか」
「暗い森だな」
「そうだ。沢に沿って更に奥に行くと、流れが広くなって大岩がせり出している」
「おお、大岩の奥に平らな地面が広がっている所だな」
「そうだ。あの場所はどの尾根からも見えず、音も聞こえない。それにここを通らねば行き着けない」