展開 二
展 開 二
「順調に行っているようだな」
山に帰る日の朝、フツは息子に言った。
「去年は俺を入れて五人が嫁を取り、ここから六人を嫁に出しました。海辺・野辺・森・ 山に十一本の糸を張り巡らしました」
「糸の効果はどうだ」
「調べれば、調べるほど、勝算の手応えを感じています」
「よいか、焦るなよ。敵のことを知り尽くせ。姻戚関係になったとはいえ、土地の民にも 悟られるな。嫁にも知られてはならん」
「嫁にもですか?」
「二百五十人もの兵士を持つ敵に、四十人足らずで立ち向かうのだぞ。お前がどのように説明しても、嫁の心には不安が宿る。嫁の親には、娘の不安はすぐ見抜ける」
「サタは何かを感じているようです」
「それでこそ長だ。だが、お前がはっきり言わなければサタも何も言わぬ。時が来るまで伏せておけばよい。無理に、今年実行することはないぞ。準備が不足と思えば、次の年でもよい」
「分かりました。ところで親父殿、お願いがあります」
「何だ」
「一つは、武器造りです。確実に仕留めることのできる鏃と、オロチ兵より強力な槍と剣が必要です。」
「もう一つは?」
「酒造りです」
「勝利の儀式の酒を、今から考えておるのか?」
「滅相もない。オロチ衆は秋に大砦で盛大な収穫の宴を持ちます。この場に酒を上納し、酔い潰れたところを攻撃しようと考えました」
「新年の祭りでお前達が酔い潰れた経験からその策に思い当たったのか」
「そうです。旨くて、愉快で、そのうち躰がふわふわしてきて、いつの間にか眠っておりました。あの状態で攻撃されれば、まともに迎え撃つことはできないでしょう」
「お前達は生まれて初めて口にしたから、酔いが回るのが早かったのだ。オロチ衆は儀式や祝い事に限らず口にしているであろうから、少々のことでは酔い潰れはせんだろう。待てよ・・・サタは酒を飲まぬのか?」
「飲みません。祝いや儀式で清水を口にしますが、酒はありません。オロチ衆の砦でも、何かを飲んであのように大騒ぎをしているとの報告はありません」
「この地には酒が無い・・・そう言えば海辺の地でも見たことがなかったな」
「親父殿達が酒の作り方を知っているということは、オロチ衆も知っているはずではありませんか」
「奴らの爺さん達が造り方を知っていたかどうかだ。この地に来る前に口にしたことはあるだろうが・・・あの性格だ。誰かが造ったものを掠め取って飲みはしても、自分で造ることは無かったのかもしれん。そうであれば孫達が造り方を知るはずはない」
「頭達だけではなく、兵士にも飲ませたいのです。それだけの量を造るにはどの位の人手が必要でしょうか」
「大瓶ひとつで五十人として・・・六つだな。予備も考えれば、八瓶は造らねばならん。手が必要なのは草木の実集めじゃ」
「ここの祭りで造った瓶の数は?」
「二瓶だったが、実集めに、女子供も引き連れて丸一日かかった」
「六十人ほどで二瓶分集めるのに一日ということは、同人数なら四日、倍の人数なら二日ですね」
「そういう計算になるが、ここのように実を集め易い場所でならだぞ」