展開 一
展 開 一
これまで海沿いの民しか訪れなかった海辺の集落に、森の民の姿が見られるようになった。
彼らは野や山の収穫物を携えて訪れ、塩を持って帰る。
フツ達は、海辺に炉を設置して生活に必要な塩を作っていた。
身内として訪れた者に持ち帰りたい物を尋ねた所、青銅製品ではなく塩を求めた。
そこで集落に必要な量以外に、返礼・交換の品として、塩を作り置くこととした。
間もなく内陸の縁者達は、フツ達の棲む場所をシオツと呼ぶようになった。
これを知ったオロチ衆は、フツ達に塩を上納するよう求めた。
フツはこの新しい要求に対し、孫達が生まれる地への自由な往来を求めた。
オロチ衆は年老いたフツ達に対する警戒を解き、地の民と見なすようになった。
フツシ達が山へ入って最初の新年が訪れた。
シオツは、見違えるほどに逞しくなった若者達で活気づいていた。
集落の中心に建つ建物は、男達で溢れていた。
大人達が、フツシ達が初めて見る赤黒い液体を旨そうに飲み、顔を真っ赤にしている。
「親父殿、それは何ですか」
「おお、フツシ、お前も飲め」
フツの隣のホキシが、椀をさし出した。
液体は赤黒いが透き通っており、いい香りがした。
「見ていないで飲んでみろ。旨いぞ」
液体の香りに比べ、ホキシの息は臭かった。
フツシは口を付けてみた。
ほんのり甘く、少し渋味もある。
「何をしておる。こうやって飲むのだ」
ホキシはがぶっと飲んでみせた。
フツシもがぶっと口に含んだ。
舌の両側に刺激と、奥には少し苦みも感じたが、ごくりと飲み込んだ。
喉がかっとしたが一瞬で、胃がほわーっと熱くなった。
しかし不快感はない。
「もう一杯飲め」
今度はキヌイが手を伸ばし、壺からなみなみと注いでくれた。
今度は躊躇せずに、ごくごくと飲み干した。
旨かった。
やがて体中がカッとなり、こめかみに動悸を感じた。
しかし無性に楽しくなった。
「キヌイ、これは何ですか」
愉快で、声まで大きくなった。
「酒だ。お前達が知らないのは当然だ。この地に来てから初めて造ったのだからな」
「いつ造ったのですか。こんな旨いものを、なぜ今まで飲ませてくれなかったのですか」
「去年の夏から秋にかけてだ。飲ませなかった訳ではない。造らなかったのだ。なあフツ」
「そうだ。オロチ衆が警戒している間は造らなかった。警戒を解いたから造ることにした。めでたい。みんな飲め」
「これは一体何でできているのですか」
「木や草の実だ。海の向こうでは馬の乳や穀物で造るものもある。この地には酒になる木の実や草の実がたくさんある」
「俺達でも造れますか?」
「ああ、造れる。しかしこれは儀式や祝い事に飲むものだ」
「そうか。今日はめでたいから飲むのですね。おい、みんなも飲め」
生まれて初めて酒を飲んだフツシは間もなく酔いつぶれ、眠ってしまった。