上陸 二
上 陸 二
ホキシが感じた異質さは、頭のフツも感じ取っていた。
フツは、最後尾のホキシに聞こえるよう大声で怒鳴った。
『儂らは、どこへ行っても胡散臭い目で見られたが、説明すれば解ってもらえた。じゃがこの土地は、何か違う。百年前に海を渡ったという鉄の民が、山も森も支配しておって、新参を嫌うのかのう」
ホキシが怒鳴り返した。
『頭、儂もそれを考えていた。下手に出て、相手に合わせるしかなかろう』
『みんな、ホキシの言う通りだ。上陸してもこれまでのようにはいかんと思っとけ』
フツの言葉に応える者は無く、重苦しい沈黙の中、櫂の音も心なし弱くなった。
『頭!』
中程の漕ぎ手から声がかかった。
『おう!カナテ、どうした』
『女子も我慢かね?』
この問いかけに、沈黙していた漕ぎ手からどっと笑い声が上がった。
この旅は、一族が経験したことのない海を越える旅である。
女子供と高齢者や病弱な者は、辰韓の地に託して来た。
渡り鉄衆の必要最小人数は、一五名。
フツはこの旅の集団を、最も頑健な男達で構成した。
最高齢が頭のフツで三八歳。
次が炭焼き小頭のホキシと金堀り小頭キヌイの三五歳。
あとは最年少のクツリ一七歳から二七歳のカナテまでの若者ばかりである。
若者とはいえ全員が五歳から仕事に就いており、十年以上の経験を持つ精鋭である。
ここが伝え聞く通りの土地であれば、残してきた者達を迎えに行くことになっている。
しかし、船に乗った男達の誰一人として、それが実現すると思ってはいなかった。
フツをはじめ五名が妻帯者であった。
残る十名の中に妻帯適齢者が四名いたが、現地の女を妻にしようと、未婚のままだった。
カナテもその一人であった。
上陸後の不安の中で、カナテの一言が、全員に前進意欲を蘇らせた。
下から櫓の男に叫ぶ声がした。
「あいつら元気がいいが、どこに上陸する気だ?狼煙に気付かぬはずはないがなあ」
「今の潮目で狼煙に向かって来れば・・・大島と鳥島の間だな。」
櫓の男が、下に向かって叫び返した。
「そうだな・・ではあっちに回るか。あの崖はやっかいだがな・・・」
下から不満そうな声が返ってきた。
櫓の男は、漕ぎ寄せる船の後方を凝視していた。
・・・今こちらに向かって来る船は一艘だが、僚船があったかもしれない。
その船は途中で難破したとも考えられる。
そうであれば、その乗組員の死体が、この岬に漂着するかもしれない。
死体が岬近辺に漂着することはままあり、希に装身具が付いている。
一つや二つの死体の場合は、銅鑼も狼煙も必要は無い。
それゆえ、死体が身に付けていた物は、男の密かな役得物だった。
男が欲しいのは、玉の連なる飾り物である。
これは欲しがる者が多く、色々な物と交換できる。
しかし金色や銀色の金属は使い道がない。
硬ければ何かと役に立つだろうが、柔らかくて使い道がない。
そのため、この辺りには欲しがる者もいない。
男には、海の向こうの者がその金属を身につけている理由が解らない。
・・・後で見回り組の連中に聞けば、僚船がいたかどうか分かる。
難破したのなら、明日から死体の漂着に気を配ろう。
死体への思いに飽きて目を海に向けると、船は人が見分けられるところまで来ていた。