潜入 五
潜 入 五
「カラキ、ここに来て三度目の満月となったが、俺達は嫁以上のものを手に入れたな」
「ああ、土地の民達がこれほどにつながっているとは思わなかった。親父達を閉じこめてきた訳が分かった」
「表面上はうまく行っているように見えてるが、オロチ衆に対する土地の民の反感は根深いな」
「これは俺だけの考えだが、頭がここに腰を据えて土地の民とのつながりを深くした方がいいのではないか」
「俺もそれを考えていた。トルチ砦の探索は楽になったが、グルカ、オンゴル、キルゲの砦は遠すぎる。東にも一つ拠点が欲しい。オロチ砦の南の民とのつながりを深くしたい。その辺りに適当な娘がいないか、サタに聞いてみよう」
「また嫁取り作戦か?」
「そうだ。成り行き上こうなったが、小頭が六人もいる・・・鉄衆頭担当のアスキかヤツミが都合がいいな」
「分かった。夜が明けたら山に帰り、俺から今の話をみんなにしよう」
「そうしてくれ」
「サタ、この間お話したアスキです」
フツシは、アスキを伴いサタの前に座った。
「あちこちに投げかけてみたところ、ヒノボリの衆から話がきてな。・・・うん、この男なら文句はあるまい」
サタは、アスキをじっと見た後、満足そうに言った。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
フツシとアスキは頭を下げた。
「ところでフツシ、お前達は元はと言えば鉄造りであったな」
「はい」
「ならば、鉄造りの娘の方が嫁としては都合がよかろうと思うが、なぜ儂等のような狩猟の民の娘を求めるのじゃ」
「サタは鉄造りの民とも親しいので?・・・俺達は山の中まで足を延ばしたことがありません。と言うより、何となくそれはそれはやめた方がいいような気がしています。親父達のことがあるからかもしれません」
「ふむ、そういうことかの・・・。この地で鉄造りを始めたのは、オロチ衆の爺さん達じゃった。お前達の親は十五人で流れ着いたが、オロチ衆の爺さん達が流れ着いた時に、生きていたのは三十人以上だったそうだ。上陸の場所は一番櫓の奥の入江だったと聞いておる」
「あそこからなら湿地帯はすぐですね」
「そうだ。湿地帯まで来れば、山の状態が見える。奴らは鉄炭に適した木があるとみたのであろうな、すぐに山に入ってきたそうだ。儂等には分からんが、谷の奥に鉄砂があると確信したように進んで行ったそうだ」
「山の土の色を見れば、おおよその見当はつきます」
「そうらしいの、しばらくするとあちこちから煙が立ち上り始めたそうだ」
「鉄炭造りを始めたのですね」
「同じ頃、川の水が濁り始めた。今だから分かるが、鉄砂をより分けておったのだな」
「上陸した時、土地の民と争いはなかったのですか」
「海辺の衆の食い物と女子を略奪したそうだ。死人も出たらしい」
「海辺の衆は戦わなかったのでしょうか」
「その頃の海辺は今の半分以下の人数でな、お前のように儂等よりふた回りも大きな男達三十人以上が暴れ回るのを誰が止める?」
「山に入る時は?」
「奴らは河遡って行ったそうだ。だから奥に入る時は、儂等狩猟の民と鉢合わせすることはなかった」
「その後は?」
「狩猟もしておったようだが、儂等のようなわけにはいかん。時折山を下りて、小さな集落の食料と女子を略奪したそうだ。大きな集落には手が出せなかったのであろうな」
「狩猟の民は襲わなかったのですか」
「今と違って儂らは一つところに長く棲むことはなかったし、常に弓矢を携えておる。流れ着いた頃の人数では手が出せなんだだろう」
「こちらからは襲わなかったのですか」
「親父達の頃はほんの身内の集まりで、女子供合わせて十人程度が普通じゃった。こちらにとっても、仕掛けるには相手が多過ぎたのであろう」
「他の山の民と手を組めば、三十人程度は造作のない相手」
「そうよ。今思えば残念なことをした。だがな、オロチ衆が入り込んだ山の周辺以外の者にとっては、命がけで戦わねばならぬほどの問題ではなかった」
「さらってきた女子に子を産ませ、数を増やしていったのですね」
「それだけではない。武器用のハガネを多く造ろうとすれば、鉄砂と鉄炭を増やさねばならん。そこで山裾の小人数の野辺の民を、集落ごと力ずくで山に連れ込み始めた」