潜入 四
潜 入 四
フツシは、スサの森の長サタに、真の目的以外の事情を説明した。
サタは、フツシの説明を黙って聞いていた。
しかし真に受けた訳ではなかった。
青銅造りの渡来人の噂は聞いていた。
オロチ衆が彼らをこれまでになく警戒し、鉄造りの山には近寄らせないことも知っていた。
警戒されていた親達が隠居し、あとを継いだ者の腕が劣っているとの噂も耳にしていた。
しかし月半ほど前森に入ってきた若者達は、他の民と接する時は噂通りの若者達だが、身内同士のやりとり、表情、身のこなしは、噂とは全く異なるものだった。
サタは彼らを統率する若い頭に興味を持った。
会って話さなければならないという、不思議な衝動に突き上げられた。
目の前にいるフツシは、若いが想像していた以上の人物であった。
歳に不釣り合いな物事に動じない眼、しかも澄み切っている。
意志の強さを伺わせる口元、不屈の精神を垣間見せる顎、豊富な知識をうしろに秘めた語り口調、そして地の民より頭ひとつ抜きんでた頑健な体躯。
サタはこのような若者に会ったことはなかった
・・・嫁探しで儂らに近寄ったのではない、この若者に賭けてみよう。
「カラキの嫁の件はお前の申し出の通りにしよう。しかしひとつ条件がある」
「どのような条件でしょうか」
「お前より若い小頭が嫁を持つのに、頭であるお前が嫁を持たぬでは何かとやりにくかろう。そこにおる儂の娘をこの地の嫁とせよ」
促されて見ると、十五、六歳に見える色白で俊敏そうな娘が、頬を染めうつむいていた。
「オヒト顔を上げよ」
父親の声に顔を上げた娘の黒目がちの大きな瞳に、フツシの視線は吸い込まれた。
・・・この娘は俺を裏切らない。
「分かりました。仰せの通りにいたします」
躊躇することなくフツシは答えた。
予定外ではあったが、結婚は、情報網の拡大という副産物をもたらした。
山の中にはいくつもの狩猟集団があり、縄張りがあった。
彼らは狩猟と採取で生活していたが、狭い平地で耕作のまねごともしていた。
そのための苗や種子を、野辺の民から手に入れていた。
耕作は定住を意味し、狩猟活動の範囲は、その定住地を中心とした一定の区域となる。
その区域が縄張りとなっているのだが、オロチ衆はこの生活習慣を巧みに利用した。
各集団が、定住地を大きく移動することを禁じたのである。
これにより縄張り争いは無くなった。
しかし、域内での狩猟がはかどらない場合、他の地域に出かけることができなくなった。
オロチ衆への上納は集団ごとに決まっており、果たせなければ娘の提供を強要される。
子を産み育て、生活を背後で支える女手は貴重である。
若い娘の提供は、親のみならず集団にとっても精神的、物理的に大きな痛手だった。
頭は、娘の何人かを、集団への見せしめとして兵士達の手慰みの具として与えた。
彼女達は、家族の目の前で兵士達に玩ばれたあげく、槍投げの生きた的にされた。
そこで考え出されたのが、集団間の貸し借りである。
余裕のある集団が、不足している集団へ獲物を貸すのである。
これにより人間関係が緊密になり、婚姻関係も進んだ。
野辺の民、鉄の民とも同様な関係ができているが、オロチ衆はこの事実を知らなかった。
婚姻関係は、信用度の高い情報をもたらす。
フツシは、サタから生きた情報を手に入れられるようになった。
カラキはスサの森に腰を据え、トルチ砦の情報収集を開始した。
フツシは、拠点は山の仕事場に置きながら、自らの妻問いを兼ねて連絡役となった。