潜入 三
潜 入 三
情報が増えるに連れて面積が不足し、何度も書き直した。
綺麗に並べられた兵士を意味する小石を突っつきながら、フツシが言った。
「最初の満月期間だけで、これほどの情報を集めてくるとは思わなかったな」
建物を意味する大きめの石の位置を調整しながら、ムカリが答えた。
「奴らは調べ仕事を楽しんでいる。ここでの仕事より遙かに楽だとさ」
「俺の手下達も、早く調べ仕事に就きたいと言ってるぞ」
立ったままで全体を眺めていたカラキが言った。
「それを相談しようと思っていた。ここからメキトの砦まで半日だが、砦の西を流れる川を二時間ばかり遡った所に、東からの流れが合流する場所があるのを覚えているだろう」
フツシは全員を見回した。
「おう、深くて狭い、谷の奥の合流点のことか」
アスキが答えた。
「そうだ。あの東からの流れを少し遡ると、山と山の間が谷ではなく大きな森となっていただろう」
「狩猟の民の塒があった場所だな」
ヤツミが昔を思い出すような表情で確認した。
「そうだ。カラキ、アスキ、ヤツミ、お前達三人は、あの森に入り、拠点に出来るかどうか調べてくれ。トルチの砦までは山二つだ、オロチ衆には絶対に気付かれるなよ」
「狩猟の民には気づかれるぞ」
ヤツミが言った。
「その時は・・・ヤツミ、お前の嫁を探しに行ったことにしよう。それなりのものを持って行けよ」
フツシは真面目な顔で言った。
「何を馬鹿な、相手が本気になったらどうする」
「気に入った娘がいれば嫁にすればいい。あの森の民が俺達の身内となる。そうなればトルチに気付かれても問題はない」
「そうだな、俺達も、いい娘がいたら嫁にしよう」
カラキがアスキの肩を叩きながら声を弾ませた。
半月もしない内に、ヤツミの手下が帰ってきた。
「どうした、何かあったか」
フツシは内心の動揺を隠して尋ねた。
「カラキが嫁を決めた。あの森一帯はスサって言うらしいんだけど、スサの森の長が、俺達の頭に会いたいと言っている」
フツシは半ば冗談で言ったことが、こうも早く事実となったことに狼狽した。
「分かった」
とは言ったものの、フツシ自身、まだ嫁などいない。
こういう事態は想定していなかったし、どうしなければならないかも全く分からない。
山にいる小頭に状況を説明し、フツシは急遽浜辺へ向かった。
「わっはっはっは・・・カラキに嫁か、それはめでたい。親父のカナテを呼べ」
久し振りに帰ってきた息子が、途方に暮れた表情で事情を説明するのを聞いていたフツは、心底愉快そうに言った。
「なあカテル、儂がお前を嫁にした時は親父のウヒコが話を持ってきた。そのあと皆も海辺の衆の娘を嫁としたが、あのとき長に挨拶に行ったかな」
「私のときは、あんたに持ちかける前におとんが長に話しに行ったらしいよ。決まったときには、あんたも儀礼の品を持って会いに行ったと聞いてるけど・・・忘れたのかね」
「いやあ・・・あの時は、儂らのやり方でするのか、この地のやり方でするのか迷ってな。ウヒコに聞いたがどうでもいいようなことを言うし・・・もう話はまとまっておったから、儂らが作った儀礼の品を差し出しただけじゃった。狩猟の民と海辺の民とは、しきたりは違うのか」
「聞いた話では、私ら海辺の民は、海の神、風の神、大地の神、火の神そしてご先祖様に報告し許しを頂くけど、狩猟の民は、海の神や風の神のことは言わないね。その代わり山の神や獣の神の話を聞いたことがある」
「と言うことは、しきたりも違うわな・・・」
「頭、あのときは頭が最初にカテルを嫁にして、そのあとすぐに若い連中が続いたか
ら、いい加減に済ませたような錯覚をしてるが、儂が決めるべき所はちゃんと決めておったんだぞ」
二人のやりとりを聞いていたキヌイが割り込んだ。
「儂が、この地の民のしきたり通りに儀礼の品を持って長と娘の親に挨拶に行き、婚礼は儂らのしきたりで執り行う許しを得ていたのだ。頭は自分の嫁で手一杯じゃったからな」