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スサノヲ  作者: 荒人
128/131

トミ 二

 三日後、スサノヲはツギルと三団を伴ってカハラに到着した。ヤガミは物見からの連絡を受け、入り江から山への曲がり角まで出迎えに来ていた。その夜は盛大な宴が開かれた。戦士の中には、カハラとクマノを何度か往来した者達がおり、カハラの戦闘隊員と旧知の間柄になっていた。スサノヲは、予めヤガミに酒を届けていた。これだけの男達には十分な量とはいえなかったが、初めて口にするカハラの男達はすぐに酔い、あちこちで哄笑が沸き上がった。

 カハラからスサノヲ遠征の知らせを受けていたナギから、牛の乳と肉が届けられていた。焼いて食った牛の肉は旨かった。ヤガミは口にしたことがあると言いながらかぶりついていた。乳は時間が経ったからと、瓶に沸かした湯に乳を入れた小さな壺を浸け、温めて出された。乳も旨かったが、スサノヲは器の回りに着いた固まりが気に入り、わざわざ固まりを作らせては口へ運んだ。


 翌朝、ヤガミが付けてくれた案内を先頭に、東進が始まった。チズの森へは向かわず、東のワカサ(鳥取県八頭郡若桜町)という森を抜けて山越えをするという。その日の野営はシソという森(兵庫県宍粟市)だった。シソの長が獣の肉を携えて来訪し、ミマと同じ扱いを求めた。シソの森は、ミマから一日行程(四十キロ)東だという。

 翌日は、海沿いに広がる森での野営で、その森の名はヒメ(兵庫県姫路市)という。ここでは訪れる者はいなかったが、遠くから監視されている気配が伝わってきた。三日目は案内人の提案で早出をし、いつもより距離を稼いだ。これだけの人数が野営する場所は、アシ(兵庫県芦屋市)という森まで行かねばならないという。前日の監視は、ただ見られているという気配だったが、この日は強い緊張感が伝わってきた。ここに来てスサノヲは、本格的警戒態勢を敷かせた。だが四日目の朝、茂みや森から伝わる緊張感は警戒以上の手を打たなければならない程に強くなっていた。

「お前達が通る時も、このように警戒されるのか」

 スサノヲは案内人に声をかけた。

「視線はありますが、こんなに緊迫したものは初めてです」

 案内人も驚いている。

「ツギル、緊張し過ぎて衝突するようなことがあってはまずい。何か手はないかな」

 スサノヲは、殿(しんがり)にいたツギルを呼び寄せた。

「ミズホ達が先頭で俺達を先導しているように見せれば、少しは変わるかも知れません」

 早速ミズホ達を先頭にし、長い腕を出して喜々として歩かせた。

 苦肉の策ではあったが、重苦しかった緊張感が普通の視線に変わった。その日は、セツ(大阪府高槻市)と呼ばれる入り江奧の森で野営をすることにした。

「向こう岸の山裾の半日行程とちょっと(三十キロ)南に、東への進入路があります」

 設営が始まると、案内人が川岸から南東を指し示した。 そこには西日に照らされた新緑の森が、柔らかくうねっている。


 設営と警備体制が一段落する頃を見計らっていたかのように、三人の屈強な男達が丸腰で河を渡って来た。

「私はトミの戦頭(いくさがしら)・・・ここの戦頭に会いたい」

 ツギルが武装を解いて対応した。

「三日前から、千人近い武装集団がトミへ向かっているとの報告が入っていました。しかし、今朝からは同胞の女が案内しているようだとの報告に変わりました・・・」

 戦頭は、スサノヲ達の来訪目的を尋ねた。

 ツギルは三人にスサノヲとミズホ達を紹介し、来意を説明した。三人はミズホ達を一目見るなり、同胞だと断言した。しかも、ずっと昔に海の民がトミを急襲し、若い女達がさら攫われた話を聞いているとも言った。その時以来、西に対する警戒を強くしていると言う。

「キビとカハラの長からトミの話を聞き、是非訪ねて親交を深め、交易をしたいと考えるようになった」

 スサノヲは、戦頭をまじまじと見詰めながら言った。

「それにしても、三人とも手足が長い・・・ミズホ達と同じだ」

 スサノヲは、感慨深げに言った。

 スサノヲもツギルも身長が高く、それなりに手足は長い。しかしミズホ達は、体の幅や身長に比べてスサノヲ達よりずっと手足が長い。体型そのものが異なるのである。

トミの戦頭は、翌日再訪するまで河を渡らないで欲しいと言い残すと、とばり帳の降り始めた向こう岸へ帰って行った。


 翌早朝、朝もや靄がたなびく河の向こうに、完全武装した戦闘隊員が現れた。その数はスサノヲ戦士とほぼ同数と思われる。

 前日の戦頭が数人を従えて河を渡って来た。

「我々の長が歓迎すると申しております。先導致します」

河を渡ると入り江沿いの砂浜を南下した。やがて山が海に迫り、しばらく進むと砂浜は西へ広がって北へ突き出す半島へとつながる。そのまま山裾に沿って南下すると、山が途切れ、自然に東へ回り込む。

 そこは四方を山に囲まれた広大な盆地の、唯一の入り口だった。盆地の中には大小の池が無数にあり、四方の山からの水が豊富なことを伺わせている。池の周りには、集落が点在している。南の山から続く緩やかな斜面に、大きな広場を取り囲むひときわ大きな集落が見える。その広場の高台に、長老達と思われる一団がいた。長と見えるとりわけ背が高く手足の長い男の前へ戦頭が歩み寄り、こちらへ向きを変えて大音声をあげた。

「我らが長・・・ナガスネ」

 戦闘隊員がこれに呼応して雄叫びを上げた。

 次に戦頭はスサノヲに歩み寄ると長達の方に向きを変え、同様の大音声で紹介した。

「北西の地から訪れた、スサノヲ」

 これには戦士達が呼応した。

 スサノヲはゆっくりと高台に登ると、二歩ばかりの距離を残して歩を止めた。終始スサノヲを見詰めていた長は、広場に向かい大声を上げた。

「わしらの同胞を送り届けてくれた、スサノヲと戦士達を歓迎する」

 広場にいる者達全員が大声で呼応した。

 スサノヲが前へ出ると、長も歩み寄り両肩に手を置いた。


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