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スサノヲ  作者: 荒人
127/131

トミ 一

 スサノヲがクマノへ帰着したのは、鉛色の空から雪がちらつき始めた頃であった。途中ミズホの森へ立ち寄り、海峡までの様子を話して聞かせた。

「スサノヲ、キビとミネの間は六日の距離です。中間にも拠点が必要ではありませんか。南の島にも幾つもの民が棲んでいますが、どうなさいます?」

 ミズホは肌を重ねる度に、新たな情報を提供する。

 ミネの男達は母の代で、祖母の代にアキ(広島県安芸郡海田町)という森から来た者達を取り込んだという。アキはミネからもキビからも三日の距離で、恐らくクマノからも三日であろうという。

 スサノヲはコマキを、ミズホからは一日半だというアキの地へ行かせた。アキは、森と海の双方で猟をする果敢な民の地であったが、既にツガからスサノヲ達の詳細な情報を得ており、積極的な賛同意志を示した。そればかりではない、拠点の設置までも提案したのである。

 コマキは余りの積極性に疑念を抱き、スサノヲの判断を仰ぎに帰って来た。

「ミズホ、お前はどう思う」

 コマキの説明を受けたスサノヲは、傍らで聞いていたミズホを振り返った。

「アキは南の島の民を恐れているのです。例えスサノヲのクニの一員になっても、南の島の者達がスサノヲを知らなければ脅威は消えません」

 ミズホによると、南の島にはサイという民が棲み、時折海を越えて略奪に来るという。正面からぶつかり合えばアキの民も果敢ではあるが、急襲して素早く逃げ去るサイの民を抑止できる戦力ではない。

「サイの棲む地まで行ってもいいのですが、我々は海越えの経験がありません」

 ミズホの説明を聞いたコマキは、思案するように言った。

「キビは南の島とも交易をしている。連中に俺達の噂を流させよう。だが、アキに拠点を造る余裕はあるのか?」

「二隊(二百二十人)なら置けます、アキは戦士の提供も申し出ていますから、周辺からも集めれば一団(三百三十人)編成できるかも知れません」

コマキはとんぼ返りでアキに向かった。


 スサノヲは、コマキが帰るまでミズホに逗留することにした。秋は深まりつつあり高原の夜は寒かったが、ミズホと二人のねぐら塒はそれを感じさせない。共に過ごす時間の少ないミズホは、空白を埋めようとするかのようにスサノヲを求めた。

 それは激しいものではなく、静かで延々と続くものだった。息を潜めて絡みつき、全身を触覚にしながら奥深く迎え入れる。そしてねっとりと緩慢な動きでスサノヲを取り込み、小刻みに震えながら果てる。果てた後も放さず、スサノヲが挑むのを待つ。それはあたかもスサノヲに巻き付く白い蛇である。

 スサノヲはこの白い蛇を可愛いと思った。何代にも渡って強い男に巻き付き、血を繋いできたのである。そうすることによってしか生きることのできなかったこの森の女達の生き方も、これからは変わるだろう。

「キビから五日の距離に、トミと呼ぶ地があるそうだ」

 満ち足りてスサノヲを解放したミズホに語りかけた。

 その瞬間、ミズホを包んでいた気怠い空気がはじけ飛んだ。

「トミをご存知なのですか?」

「いや、キビの長から聞いただけだ」

「トミへいらっしゃいますか?」

「次の春に行こうと思っている」

 ミズホは身を起こすとスサノヲを正視した。

 その目にはさっきまでとは全く異なる光が宿り、語り出した。

 ミズホの何代か前の祖は、トミに棲んでいたという。ある時西方の海の民がトミを襲い、女達を連れ去った。ところが帰途嵐に遭い、女達の何人かが海岸に打ち上げられた。それがツガの南の海岸だったらしい。女達は攫われた時の恐怖から異なる民を極端に恐れ、その地の民の目を逃れながら山に入り込んだ。

 人気のない場所を探して辿り着いたのが、この森であったという。しかし女だけではいずれ死に絶える。そこで、希れに迷い込んだ男を取り込むことを考えた。男達が森から出たいと思わせないように、そして他の男の侵入を拒むように、女の恵みに磨きをかけ続けてきた。時には侵入してきた男達の力が森の男達を上回ることがある。その時は弱い男を捨て、新たな強い男を取り込むのである。

 このような生活の中で、森の神の声を聞ける者が現れた。それがミズホの祖である。祖の一人が、北から勇者が現れてトミへ導く。その日まで森を出てはならぬとの声を聞いた。森の女は、その勇者が現れる日を待ち続けて来た。今スサノヲの口からトミという言葉を聞き、ミズホは神のお告げの時が来たと感じたと言う。

「お前様は、北の谷から来ました。そしてこれまで現れた誰よりも強かった」

 ミズホは、スサノヲがお告げの勇者ではないかと期待していた。

 しかしスサノヲは西を目指しており、東に目を向けている気配がなかった。それ故お告げの勇者ではないのであろうと考えるようにしていたという。


「ミズホ、あちらへ立て」

 スサノヲは、小屋の隅を指差した。

 ミズホは怪訝な表情をしたが、言われるままに立った。揺らめく焚き火の向こうに、ミズホの白い裸体が浮かび上がった。

「手を広げろ・・・なるほど、お前の手足は他の女より随分長い」

「それがどうかしましたか、この森には私のような者は多いと思いますが・・・」

「・・・キビの長から、トミの民は手足が長いと聞いた」

 スサノヲは、ミズホの話は事実であろうと思った。

 トミの民もミズホを見てその話を聞けば、昔のことを思い出すかも知れない。キビの長の話では、トミの民は勇猛な上に戦上手と聞いている。そのような民とは、刃を混じえるのではなく、話し合いで信頼関係を作るべきである。それには糸口が必要だった。

「ミズホ、トミへ連れて行く。雪が溶けたら、お前のように手足の長い女を連れてクマノへ来い」


「これがミズホだ」

 穏やかな春の光の射し込む執務の館に、ミズホは二人の女を伴って座っている。 

「三人とも身に付けているものを取って、そこに立て。イナタとオヒトもだ」

 スサノヲは、体型を比較するためにイナタとオヒトを呼んでいた。

 五人の女達は全裸になり壁際に並んだ。

「なるほど・・・このように比べると、三人の手足は随分長い」

 ツギルはコマキに言うと、スサノヲを見た。

 クマノでは、ミズホ達の到着を待ってトミへ発つ手はずが整っていた。コマキは既に女達の体型を見ていたが、ツギルはそんなに違いがあるものかと疑っていた。


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