表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スサノヲ  作者: 荒人
126/131

タマの森 二

 タマの夜空にほんのりと明るさが見え始めた時、三つの集落の小屋は忍び寄った戦士に取り囲まれていた。戦士達は、松明を先頭に無言で侵入を開始した。小屋の中では老若にかかわらず、まず男達に剣が刺し込まれた。次に、異変に気付いて声を上げた女が喉を掻き切られた。恐怖で声を出せない女だけが殺戮を免れたが、幾度も犯された。この全てが無言で行われた。女を奪い合う戦士同士の争いですら、無言だった。返り血を浴びた戦士達が、ぐったりとした女を担いで小屋の外に現れた頃、穏やかな早春の光がタマの森を包んでいた。

 いくつかの班が小さな集落へ走った。小屋から起き出ていた男が何人かいたが、抵抗する間もなく首を跳ねられた。騒ぎ立てた女子供も一瞬にして(むくろ)となった。

「コマキ、死体と集落は焼き尽くして埋めろ。この高台に拠点を造る」

 スサノヲは、タマの森全体が見渡せる高台で、生き残った八十人ばかりの女と一団に拠点造りを命じた。この時陽はようやく真ん中に達していたが、自らは二団を率い組音を響かせながら一直線にツワの森に向かった。


 ツワの森では、立ち上る煙にタマの森での異常を察知し、数人の物見を出していた。

六千歩(四キロ)も行かない所で海風に乗った奇妙な音を耳にした。急いで近くの尾根に登ると、千五百歩(一キロ)足らずの林にキラキラ輝く大きな集団が迫っている。

 物見は転げるように走り帰った。

「見たこともない集団が、ここへ向かって来る」

 物見は喘ぎながら報告したが、要領を得ない。

 ツワの長は非常招集をかけ、戦闘態勢を指示した。戦える男全員が、タマに通じる北の一角に揃った。迫っているのは噂に聞くスサノヲと思われるが、その目的が分からない。またなぜタマの森の方角から来るのかも分からない。長老達があれこれ言い合っている間に、異様な響きが聞こえ始めた。呆然と聞き入っていたが、一人、二人と、大木の背後や茂みに身を潜め始めた。

 やがて北の丘の林の中に、金色に輝く盾と槍を持った集団が見えた。異様な音を響かせながら、立木や灌木を縫うように進んでくる。集団は、森からの射程距離の外で横に広がり始めた。その数およそ六百人、ツワの森の戦闘要員の五倍である。赤と緑で色塗られた顔に目が光り、頭と体は獣の皮で覆っている。手に持つ槍の穂先は大きく長い。体半分を隠せる盾は頑丈そうで、金色に輝いている。しかしその集団から殺気は伝わっては来ない。 一人が進み出た。

「俺はスサノヲ戦士団長、コマキ。この森の長と話したい」

 大木の影に身を潜めていた長は、周辺に身を隠す長老達を見回した。長老達は長の視線を感じているはずだが、誰も視線を返さない。躊躇していると、再び声がした。

「その辺りに森の衆がいるのは分かっている。俺達は戦いに来たのではない、話をしに来たのだ」

 長は意を決した。

「わしがこの森の長だが、話とはどういうことだ?」

「丸腰で二十歩前へ出る。長も丸腰で姿を現して欲しい」

 コマキはその位置で武装と被り物を外すと、一人で前進した。

 一呼吸置いて長が現れた。二人の間の距離は、十歩(七メートル)ばかりである。コマキはタマの森のいきさつを簡単に説明し、森の中に潜んでいる者達へスサノヲから直接語りかけたいと要求した。

「タマの森の男達は皆殺しにして来たという・・・あの煙を見れば脅しではない。連中に襲われれば、わしらも皆殺しだ」

 長は回りを取り囲む男達に、コマキの話を伝えた。

 殺気こそ無いが、殺戮を終えて来たばかりの戦士達に漂う不気味な迫力に(あらが)う者はいなかった。


 スサノヲはこれまでの経緯を語り、クニ造りの意義を説いた。

「この森が賛同すれば、残る五つの森も反対はしないだろう」

皆殺しの恐怖を与えられて、賛同するもしないもなかった。ツワの森の男達は、目の前に広げられた品々を手に取り見入っている。また初めて口にする米は、今まで口にした食べ物とは全く違ったが、腹に安心感を与えるものだった。

「この森にも米作りに適した場所はあるはずだ。作り方も教えよう」

 スサノヲは、破壊し尽くしたタマの森で新しい拠点造りが始まっており、そこをこの一帯の交易の場とすることを伝えた。

「この森で余った物を持ち込めば、このような物が手に入るのか?」

 半信半疑という面持ちで、長が尋ねた。

「道ができて、誰でも行き来できるようになれば、もっと色々な物が持ち込まれる」

 スサノヲは穏やかに説いた。

 ツワの森が賛同したことにより、翌日にはすぐ隣のトクサの森が応じた。残るナゴ、ハギ、ササの森も、経緯を聞くと即座に賛同の意を表明した。ササの森に滞在中、隣のノノの森から参加したいと長老達が尋ねてきた。

「コマキ、お前の言う通りだったな。しかしこんなに順調に行くとは・・・」

 スサノヲは、ノノの長老達を送り出して靜になった野営で声をかけた。

「ここからミネの森までは一日行程(四十キロ)もありません。足を延ばして海峡を見てきましょう」


西の果ての海岸は速い流れに洗われていた。すぐ目の前に対岸が見えており、急斜面を持った山が竹の子のようにせり上がっている。その向こうにも同じような形をした山がいくつもそそり立っている。高い山とは見えないが、中腹から上には雲がかかっている。

スサノヲは、時の経つのも忘れて対岸に見入っていた。

「向こうまでさしたる距離ではありません。海の流れは速いが、渡れなくはないでしょう」 いつの間に来たのか、コマキが横に立っていた。

「今回は見るだけだが、この次来る時には渡るぞ」

 スサノヲは自身に言い聞かせるように呟いた。


 帰路、スサノヲは北岸を辿ってタマの森を目指し、コマキは南岸を辿ってミズホを目指すことにした。四日後、スサノヲはタマの森に到着した。高台は切り開かれ、東半分に幾つもの小屋が建ち並び始めている。西半分は交易用の広場で、全体として拠点の様相を垣間見せている。

 スサノヲはマタガからタタを呼び寄せた。

「ここに一団を置いて、西への拠点とする・・・お前達親子はここで暮らせ」

 スサノヲは、貪り合った汗で密着した肌を離しながら言った。

 小屋の中には雄と雌の匂いが充満している。その匂いに突き動かされたのか、タタが再度巻き付いてきた。小屋の空気が荒々しく動き、匂いが一段と強くなった。

「・・・私達だけですか?」

 嵐のような時が過ぎ去ったあと、喘ぐ息の中でタタが囁いた。

「いや、俺も相当な時間をここで過ごすことになる、だからお前達をここに置きたい」

 この言葉を聞くと、タタは森の呼び名を変えるべきだと言った。

「どのように変える?」

「・・・スサノヲが新たに造る拠点です。スサの森としましょう」

「それは・・・サタが治める森の呼び名」

「サタの治める森は遙か東、ここはここです。何か不都合でも?」

 タタは、深い光を放つ潤んだ眼差しを向けた。

「いや・・・不都合など無い・・・」

「東のスサの森に棲む方に、お気遣いを?」

「そのようなものは無い・・・スサだ、ここをスサとする」


二日遅れてコマキが到着した。途中ミカとツガの森と周辺の小さな集団から賛同を得、数十人の若者を引き連れていた。

「コマキ、ここをクマノと同じ規模の団が置ける規模にするぞ」

 クニ造りの概要が姿を見せ始めた。クマノから南に三日のキビとは、友好的な交易関係が確固たるものとなった。西に三日のカハラとは、兄弟の関係である。東に四日のスサが拠点として確立すれば、西の巨大な島はそこから三日の距離である。

 ミネでの調査によると、西の島にはいくつもの民が割拠しているようである。しかし、海峡を越えて力を行使してこないところから考えると、図抜けた勢力は出現していないということであろう。スサノヲは、海峡から東のクニ造りを盤石なものとし、十分な力を蓄えてから海峡を越えようと考えた。そのためには、キビ、カハラ双方から東に五日の、トミへ行かねばならない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ