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スサノヲ  作者: 荒人
121/131

西へ 一

 雲ひとつ無い青空から突き刺すような日射しが降り注ぐ中、クマノの山のあちこちで実戦さながらの激しい訓練が繰り広げられている。半裸の戦士達の肌に汗が光り、飛び散る。スサノヲとツギルが、頂の物見に陣取って指示を飛ばしている。

 南と東の地の旅から戻ったスサノヲは、コマキとアスキに西の調査を命じていた。キビで得た情報では、この地の西に、狭い海峡を隔てて巨大な島がある。今回の調査はその海峡までであるが、その間に棲む民に、クニ造りへの参加を呼びかけることも目的としている。二人には、危険を感じたらその場で引き返すよう命じてある。しかし目下のところ順調で、団がひとつ増える勢いである。

 スサノヲまでもが訓練の陣頭指揮を執るのは、これ故である。

「もうそろそろ満月だな」

 昼間の暑さを残した執務の館で、スサノヲは向き合って座るツギルに声をかけた。

「明日か、明後日には帰って来るだろう」

 ツギルは、いつも二人が座る席を見ながら答えた。

 コマキとアスキは、状況報告と今後の打ち合わせのために、最初の満月には帰着することになっている。スサノヲ達は、雪が降るまでに西の海峡までの調査を済ませればいいと考えていた。しかしキビで聞いた話では、あちこちに武力を必要とする相手もいるようであった。

 二日後、調査団が大勢の若者を伴って帰ってきた。

「三十日をかけて、四日行程(百六十キロ)西の地までを往復したことになります。南の山の中にも入り込みましたが、戦闘態勢が必要と思われる地は避けました」

 コマキが真っ黒に日焼けした顔をスサノヲとツギルに向けた。

「武力が必要と思われる地は何カ所だ?」

 ツギルが尋ねた。

「まずミズホの森(島根県邑智郡)というのが南西の山の方角二日行程(八十キロ)にある。そして西の海沿い四日行程(百六十キロ)のマタガの森(島根県益田市)。この二箇所だが、マタガの森の西にも相当強力な一帯があるらしい」

 アスキが答えた。

「らしい?」

 スサノヲがアスキを見た。

「俺が行ったのはマタガの森の手前までです。その辺りの連中の話では、マタガの森は周辺の民の侵入も通り抜けも許さないが、襲って来ることはない。しかしマタガの森の更に西に、しょっちゅう襲ったり襲われたりしている地があり、誰も西へは行かないそうです」

 言うとアスキはコマキを見た。

「俺はミズホの森の周辺を回りました。ミズホはどうやらウエのような感じです。今日連れ帰ったのはマタガの森の手前とミズホの森周辺の連中が大半ですが、我々に賛同した理由はこの二つの森を恐れてのことだと思います」

 コマキが補足した。

「即刻に戦士を提供したということは、一日も早く脅威から解放されたいということです」

 ツギルがスサノヲの決断を求めた。

「・・・新たな戦士が増えている、まず編成替えをしよう。団を四つ、そして隊を二つにする。隊のひとつは俺の直属、もう一隊は訓練隊とする。でき次第、直属隊と二団でミズホに向かう。犠牲者が少なければ、そのままマタガだ。アスキ、コマキ、帰ったばかりで悪いが、俺を案内してくれ。ツギル、ここは任せたぞ」

 スサノヲは三人の顔をひたと見据えた。


 五日後、スサノヲ率いる二団一隊の七百人強が、蝉時雨が響き渡るミズホの森周辺に展開していた。集めた情報では、尾根で囲まれた直径四半日行程(十キロ)ばかりの一帯がミズホの森と呼ばれ、中心部の盆地に集落があるらしい。

 狩猟と採取だけで生活しているなら、森の規模で食えるのは多めに見ても二百人、常識的には百五十人までであろう。となると戦闘要員はその半数だが、スサノヲは百人を想定した。

「東西南北、四つの谷が中心部へ繋がっている。どの谷もそれなりの警戒をしているはずだ。百人の戦闘要員がいたとしても、二五人ずつに分散している。その連中も谷の入口、中程、中心部に分散させているだろう」

 スサノヲは、森の北に位置し、森を取り囲む尾根を見渡せる山の頂にアスキとコマキを呼び寄せた。

「入口三人、中程七人、中心部に十人、要所と思える尾根七箇所にも三人ずつは配置しているでしょう」

 コマキが考えを述べた。

「奴らは、俺達が来ていることを察知しているかな」

 アスキが言った。

「周りと付き合いが無いから、まだ気付いてはいないだろう・・・さて、どう攻めます?」

 コマキがスサの王に指示を求めた。

「ここから北の谷の入口まで八半日行程(五キロ)もないが、この山の北側で野営をすればミズホの森には気付かれない。明日、日の出と同時に出発し、全員で北から攻め込む。斥候を順次見える距離で三班出し、本隊が続く」

 スサノヲは、一気に案を述べた。

「一方からの集中突破・・・敵が分散していれば、その方が効果があるな」

 アスキとコマキが頷き合った。


 早朝の谷はまだ薄暗かった。スサノヲ戦士団は、谷の手前の草原に音もなく忍び寄った。

斥候班十一人が三列縦隊で、左右と頭上を警戒しながらゆっくりと谷に消えた。七十歩(五十メートル)遅れて第二班、第三班、そして本隊が谷に入り始めた。

 先頭を進む斥候班長は、全身を耳にして矢の音を伺っている。千歩(七百メートル)ばかり進んだ所で、右斜め前方に風を切る音がした。ほぼ同時に今度は左斜め前方に音がした。班長はとっさに体を縮めて楯の影に身を隠した。コン、コンと、矢が縦に当たる音が響いた。

「固まれ、固まって楯で全体を覆え」

 言いながら班長は足元に落ちた矢を拾うと、(やじり)を嗅いだ。

「毒矢ではない、毒矢は使っていない」

 班長の声が谷にこだました。

 矢は更に二本飛来し、楯にはじかれた。斥候班長が、右前方の茂みに向かって楯を構えながら走り出した。残る班員も左右に分かれて走った。班長の目が茂みに置かれた弓を捉えた時、立木の向こうに走り去る音が聞こえた。反対側の斜面も、もぬけの殻だったが、新たな矢は飛来しなかった。

「入口の見張りは二人ではない。連絡に帰った者もいたはずだ」

 アスキがコマキを見た。

「この人数を二人で襲ったのだ。残る連中もがむしゃらに襲ってくる。こちらも一気に仕掛けるしかないですね」

 コマキがスサノヲを見た。

「次はもっと人数が増えるだろうが、そうするしかないな」

 スサノヲは谷の奧を見詰めながら答えた。

 わずか二人で挑むという攻撃を受けたことにより、ヌサノヲの判断に躊躇がなくなった。

斥候班を倍にし、進行を速めた。谷が広くなり始めた所で、左右から立て続けに十数本ずつの矢が飛来した。

 斥候班は少々の矢傷をものともせず、矢が放たれた斜面に向かう。走り寄った本隊からその斜面一帯に数十本の遠射が二度三度と射ち込まれた。機を見て斥候班が駆け上っている。斜面のあちこちで小競り合いの音が聞こえた。斥候班が七つの死体を谷に放り投げた。中年の男が四人と、やはり中年の女が三人だった。

 谷は広くなってから三千歩(二キロ)ばかりで、更に広くなって盆地に入り込んでいる。

スサノヲは、盆地の手前三百歩(二百メートル)で前進を止めた。その時、斥候班の戦士達が突然痙攣に見舞われ始め、バタバタと倒れた。見る間に顔色が変わり、口から血混じりの泡を吐き出しながら息絶えた。致命傷を受けた者は一人もいなかった。かすり傷程度の者までも同じ症状である。

「毒だ。敵はさっきの攻撃で、毒を使いました」

 斥候隊長が、怒鳴りながらスサノヲに駆け寄った。

 六班、六十六人の斥候で、毒を免れたのは僅か十三人だった。本格戦闘を前にして、七人の敵を倒すために五十三人もの部下を失った。報告を受けたスサノヲは、口を引き結び、目を閉じて、天を仰いだ。その全身は小刻みに震え、両腕と首の血管がはち切れんばかり膨れあがっている。油断が招いた不要の死であった。信じ切ってついて来る部下を無駄死にさせた無念が、スサノヲの体中を駆け巡った。一瞬の興奮を鎮めたスサノヲは、目を開くとコマキを呼び寄せた。

「お前はスガの森のの戦いで、弓の攻撃を防ぐ大きな盾を作ったな。あれを作ろう」

 スサノヲは、谷の周りに広がる竹藪に目をやった。

「なろほど、今度は竹で・・・で、攻撃は今日中に?」

 コマキも竹藪に目をやりながら問い返した。

「班単位で一団分、二七個。それに組頭九人と隊長三人の一人用を十二個。でき次第攻撃」


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