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スサノヲ  作者: 荒人
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初めての遠征 三

 アオヤから西へは、海岸線を行くことにした。尾根越えをすれば距離は短縮できるが、起伏が激しく、かかる時間は同じであろうと思えた。しかしアオヤの入り江は深く、数が多い。外海の海岸線に出るのに半日を費やした。その間、人の気配は全くなかった。尾根の斥候から、カハラの入り江のように海が内陸深く入り込んでいるとの報告が入った。

更に奧の尾根に登らせた斥候から、人の気配があるとの報告が入った。

「スサノヲ、日が高いうちに安全な高台に野営地を作りましょう」

 斥候の報告を受けていたコマキが、走り戻りながら言った。

 外海と湾の最深部との中間辺りに、小高い丘があった。コマキはその丘の麓の木を、矢の射程の倍の距離まで伐採させた。丘に生える木も、頂から全てが見渡せるように間引かせた。

「コマキ、何を感じ取っているのだ?」

 (いただき)の司令所でツギルが尋ねた。

「斥候の報告では、殺気を含んだ視線を感じたと言う。バラバラに出した十組全員が感じたということは、敵意を持った連中が広い範囲に展開しているということだ」

 コマキは麓の伐採地を見回しながら答えた。

「これだけの人数に対して敵意を含んだ視線を向けるとは・・・俺達並の戦力を持つ者か、思慮に欠ける者かだ。コマキ、伐採地の外に気配があるか?」

 スサノヲは、解しかねるという声を向けた。

「いえ、この辺りにはありませんが、奧の尾根から見ています・・・これだけの備えをしておけば、仕掛けてくることはないと思いますが・・・」

 コマキも、分からないという声を返した。

「俺達並の戦力を持っている者達がいれば、カハラが知らないはずはない。おそらくもっと少ないはずだ・・・今まで来たこともない人数がいきなり現れたので、極度に警戒しているのではないか」

 ツギルがコマキを見た。

「それならいいですが、よそ者の侵入を拒む連中だったら、何か仕掛けてくるかもしれません。何しろこちらは、この辺りの地形が全く分かりません。油断は禁物です」

 コマキは、念を押すようにスサノヲを見た。

 万全の警戒が功を奏したのであろう、その夜は何事もなかった。しかし伐採地の外には、周囲を巡った幾つもの足跡が残されていた。翌日は、斥候に援護を付けて慎重に歩を進めた。先頭を行く斥候が、湾の最深部と思われる一帯を塞ぐ形に湾までせり出した尾根の麓を登り始めた時、山頂に人影が現れた。

 コマキは前進を止め、全団に警戒態勢を取らせた。この動きを待っていたかのように、尾根の麓の海岸に杖をついた老人が現れた。

 老人は斥候を無視して、ゆっくりとコマキに近づき尋ねた。

「お前がこの者達の長か?」

「俺だ」

 コマキの後方にいたスサノヲが、ゆったりと老人に近づいた。

 老人の背丈は、スサノヲの胸に届く程度でしかない。

「お前か・・・わしはこのウエの森の長だ。お前様達こんなに大勢で、何用で来た?」

 長はスサノヲを見上げた。

「俺は、スサノヲ。この地に用があって来た訳ではない。カハラから帰る途中だ」

 スサノヲは草むらに腰を下ろし、長にも座るよう促した。

「お前がスサノヲか・・・お前達が棲んでいるのはずっと西。東のカハラから帰る途中とは・・・カハラへはどこを通って行ったのだ」

 長は、猛禽のようなまなこ眼を向けた。

「キビからの帰りだ。キビの長から色々話を聞いてな・・・カハラのこともその時に知った。そこで、帰りはミマの森から山を越え、チズの森を抜けてカハラに行った。カハラの長はたいした男だ・・・意気投合して兄弟の契りを結んだ。それからアオヤを通ってここにいる。俺達は西に帰るために通りがかっただけだが、あんたの手の者が殺気立ってうろちょろしているから、こちらもそれなりの態勢をとっている。よそ者が通るのは迷惑か?」

「ここは昔からわしらの森。よそ者が勝手に通り抜けることは許さん。お前達もだ。無事通り抜けたければ、それなりのことをしてもらわねばならん」

 猛禽の目はらんらんと輝いている。

「つまりなにがしかを置いて行けということだな・・・長、この森にどれだけ棲んでいるか知らんが、狩猟と採取だけの生活であろう。人が行き来し易くして交易を盛んにすれば、もっと豊かに暮らせるぞ。これからは俺達だけでなく、カハラの連中も頻繁に通るようになる。俺達とカハラの両方を敵に回すつもりか?」

 口調は気さくだが、スサノ王の目には強い光が漂い始めた。

「お前は多くの手勢に安心しておるようだが、戦いは人数が全てではないぞ」

 長はあくまでも強気である。

「俺達は何十倍ものオロチ衆と戦った生き残りだ。戦いが人数ではないことは十分に経験している。言っておくが、俺達は毒矢は使わなかった・・・もしお前さん達が一本でも毒矢を使ったら、女子供まで皆殺しにする。今夜もあの丘で野営して、明日この地を通り抜ける。俺の話に乗るなら今夜中に野営に来い。来なければ明日戦闘態勢で通り抜ける」

 言い終わるとスサノヲは立ち上がり、丘に向かった。


 戦士達の姿が遠ざかっても、ウエの長は立ち上がらなかった。野営地に攻め込む余地が無いことは、自分の目で確かめてある。移動中に毒矢で奇襲を仕掛ければ十倍の敵にも勝てる。しかしそれは敵が毒矢を知らない場合であって、警戒されていれば効果は半減以下となる。いま間近に見た戦士達は攻撃と防御の訓練を積んできた男達で、交易の荷物を担いで迷い込んだ者達とは違う。長は思案を巡らしながら立ち上がった。

「スサノヲは、カハラとクマノの間の往来を頻繁にするつもりだ。そうなればわしらは襲う相手が増えてありがたい・・・だがそうはさせまいと、交易に乗るか乗らぬか今夜中に返事をしろと言っている。返事をしなければ、明日は戦闘態勢でここを通り抜けるとも言っている。それに、わしらが毒矢を使うことを知っていた」

 ウエの長は、集まった数十人の男達を見回した。男達はいずれも小柄だが俊敏な体躯と猛禽の眼を持ち合わせていた。

「わしは、射程に入ったら射ってやろうと本気で構えていたが・・・気付いていたのか、入ってこなかった。たまに近づいて来たと思えば、楯を構えていて射てなかった。あんな連中は初めてだ・・・夜襲も、あの警戒では無理だ」

 中年の男が声を上げた。

「わしも尾根に登ってきた奴を殺る気で狙っていた。しかし不思議なことに、必ずわしのいる方に楯を構えていたし、射程には入ってこなかった」

 若い男が声を上げた。その声をきっかけに、あちこちで状況談義が始まった。

「皆でわいわい言っても仕方がない。話に乗るか、今まで通りで行くかを決めねばならん。乗るがいいと考える者はこちら、今まで通りと考える者はこちらだ」 

 長は左右に位置を示した。

七十三人の男達が移動した。結果は、乗るが十人、今まで通りが二十四人、そして移動しない者が三十九人だった。

「お前らはなぜ移動せんのだ?」

 長が尋ねた。

「わしには分からん。長が決めたようにするぞ」

真ん中の集団から声がした。するとその集団全体から同意の声があがった。

「よかろう、今まで通りと考える者が多いが・・・わしはもっと様子を見てからでよいと考えている。今夜は奴らの所へは行かんが、明日は手出しもせん。いいな、絶対に手を出すな」


 野営地では、前日以上に厳しい警戒態勢がとられていた。麓の木々が更に伐採され、風に乗った遠射が間違って宿営地に届くことも不可能となった。

「来ると思うか?」

 ツギルがコマキを見た。

「来ないだろう。明日も、襲っては来ないでしょう」

 コマキがスサノヲを見た。

「あの面構えは、鳥や獣だけではなく人も狩猟の対象だ。ここに道らしいものはないから、交易の途中に迷い込んだ者を襲っているのだろう。だが、俺達には手が出せなかった。斥候は本気で狙われていたから殺気を感じた。戦士でなければ、射程に入って殺られていただろうな」

 スサノヲはコマキを見返した。

「そういうことですね・・・奴らが話に乗るまで、ここは当分戦士の護衛無しでは危険です。カハラに伝えておかなければ・・・アオヤに伝えを出そう」

 言うとコマキは、控えている戦士に声をかけた。 

 

 翌朝、スサノヲは十八の組音を響かせながら湾に張り出した尾根の麓を巡り、進んだ。

湾はそこから更に南に入り込み、やがて西へ広がっていた。尾根に斥候を登らせると、大小の深い入り江が多くあるが海岸線は概ね北西に伸びていることが分かった。そこで出入りの多い海岸線を進むことをやめて、少し内陸部の谷を縫って外海に向かうことにした。

ここまで来ると、南西の方角にカミの峰の雄大な姿が見える。

 半日行程(二十キロ)で外海に出た。そこからは灌木が密生した断崖が西へ続く。南側には木々に覆われた幾筋もの尾根が、山から海に向かって走っている。尾根と尾根の間には、緩やかな起伏をもつ広大な草原が、延々とカミの山へ伸びている。ウエの森を抜けて外海に出るまで道らしきものは無く、人の気配も感じられなかった。スサノヲは、灌木と草原の境界を切り開いて前進したが、南の草原にも斥候を出していた。しばらく進んだ所で、草原の斥候から集落を発見したとの報告が入った。

 カミの峰から流れ下った川の近くに小高い丘があり、その麓に十数個の集落があった。集落と川の間の低地では、ムキで見たような米作りの作業が行われていた。

 スサノヲは、武装を解いた数人で集落を訪れた。

「何か用かね?」

 作業を指揮していた男が、手を止めて尋ねた。

「忙しい所に突然訪ねて来て申し訳ない。俺達はムキに行く途中だが、ここからまだ遠いのか」

 スサノヲは仲間に問いかけるように言った。

「ムキに・・・・南から来たのかね」

 男が怪訝な表情で尋ねた。

「いや東だ。カハラ、アオヤ、ウエを通って、ここまで来た」

 スサノヲは、快活に答えた。

「東から?今まで東から来た者はおらん・・・ウエは知っとるが・・・ウエの森を抜けて来たのか?」

 男は信じられないという表情をした。

「ウエを知ってるのか?連中がここに来ることがあるのか?」

 スサノヲが尋ねた。

「聞いたことがあるだけで、来たことはない。ウエの森の西に草原があって、その西にフクの森がある。この草原の東のあの尾根だ」

男は海岸から遙か南の尾根を指差した。

「フクの森の衆は、収穫時期になると獣を持ってここへ来る。連中から、ウエの森に入って出た者はおらんと聞いている・・・お前さん達はよく出られたな」

男は、東から来たという言葉を疑っている風である。 

 スサノヲは身分を明かし、手短に事実を説明した。すると男は、木の川東沿いの森や野辺の民の間で、ムキと同じ条件でスサノヲのクニの仲間になりたいとの話が盛り上がっていることを伝えた。

 スサノヲは、戦士団を集落近くの草原に集結させた。男にとって、二団六百二十人の戦士は圧巻であり、味方であれば頼もしい存在だった

「ここから五人ばかり戦士を出せる。今夜長達を集めるから、今日はここで野営してくれ

」 言い残すと、男は走り出ていった。


 ムキに到着したのは、陽がようやく真ん中に巡った頃だった。

 組音を聞きつけ、長が迎えに出ていた。

「久し振りだが、東から現れるとは・・・」

 皺だらけの顔を更にしわくちゃにして、一行を集落につながる平坦な草原に招き入れた。

おさ長は、戦士団に挟まれるように入ってきた百人ばかりの若者に目を向けた。木ノ川の東からの志願者達だった。

「そうか、川の東も仲間になったか・・・ところで、ずっと東に危険な森があって、それ故に東から人が来ることが無いと聞いておったが、本当にそのような森があるのか?」

 長はスサノヲの旅の話しに目を輝かせた。

「あった。俺達だから無事に通り抜けることができたが、奴らの出方によっては始末しなければ・・・」

 スサノヲは隣のコマキを見た。

「返事もせず、襲っても来なかったところを見ると、損得を考えているのでしょう。カハラとの往来が楽にできるように、我々で道を造ります。その間に仕掛けてくれば殺りますが・・・奴らにあの森の道を確保させてそれなりの見返りを与えれば、無茶なことはしなくなると思います」


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