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スサノヲ  作者: 荒人
117/131

キビ 四

 春の陽が昇りきる前の穏やかな日射しの中に、渓谷から一人、二人と、武装した男達が現れた。男達は川原から少し離れた斜面に腰を下ろして後続を待っている。最後の一人が到着しても誰も立ち上がろうとはせず、雑談にふけっている。

「そろそろ行くか」

 ヒバは立ち上がって大きく伸びをし、流れの右の河原を上流に向かった。

 ヒバの周りの者達も立ち上がると、ぞろぞろと歩き始めた。その動きを無視して雑談にふける者もいたが、ウカンに促されてようやく歩き始めた。

 その時左前方の森から、ボワーン・ボワーンという耳慣れない音と共に、異様な姿をした者達が行く手を塞いだ。半数は、右手に金色に光る大きく鋭い穂先の長槍を持ち、左手には大きな盾を持っている。残る半数は盾を背負い、弓で狙いを定めている。

 ヒバを中心とする先頭集団は、呆然としている。後続の集団は何事かと足を速め、川に沿って伸びていたキビ軍が一団となった。それを見計らうかのように、左後方の森から再びボワーン・ボワーンという音と共に同様の姿をした者達が現れ、退路を塞いだ。

前後を塞がれたキビ軍が左右に目を転じると、左の森と右の川向こうの土手に、不気味な音と共に同じ姿の者達が現れた。

 全く予期せぬ者達に取り囲まれたキビ軍は、瞬時に小さな塊となった。

 前方の槍を持った者の中から、一人が進み出た。

「俺は、スサの王戦士の団長、ツギルだ。武器を捨てろ」

 ツギルの大音声が響いた。半数が武器を投げ捨てた。

「もう一度言う、武器を捨てろ」

 再び大音声が響いた。

 残る者達も慌てて投げ捨てた。しかし恐怖で手が固まり、武器を持つ手の指が開かない者がいる。空いた手で、武器を握りしめる指を必死に外そうとしている。男の足下に、小便が滲み広がり始めた。ツギルは、全員が武器を手放すのを待った。

「指揮者は前へ出ろ」

三度(みたび)大音声が響いた。

 キビの集団は顔を見合わせていたが、多くの目がヒバとウカンに集中した。それを見たツギルは、一歩前へ出た。集団全員が一歩後退した。

「お前達が指揮者か?前へ出ろ」

 ツギルはヒバとウカンを見据えた。

 観念したのか、二人が集団から進み出た。

「残りの者は十歩後退しろ」

 言いながら、前へ出た二人と集団の間にコマキが割り込んだ。

 集団がぞろぞろと後退を始めると、槍を手にした戦士達が取り囲んだ。ヒバとウカンはそれぞれ戦士に取り囲まれ、森と川原に連行された。

 ヒバの尋問はツギルが、ウカンの尋問はコマキが行った。


「お前達の行く先は?」

 森の中でツギルが尋ねた。

「ヨコタ」

「目的は?」

「鉄の引き取り」

「誰に命じられた?」

「長老達」

「長ではなく、長老達か?」 

「長老達が決めたことは、長が決めたと同じ・・・」

「俺は違うと思うが・・・まあいい。これまで鉄の引き取りは、丸腰の十人ほどだった。今回は武装した二百三十人、これは誰が決めたことなのだ?」

「長老達だ」


 一方川原ではコマキがウカンに話しかけていた。

「昨夜お前達は、五番小屋下の川原で、肉をたらふく食っていたな。俺はすぐそば側にいた。あの場で色々耳にしたが、ここで改めてお前に聞く。お前達の行く先は?」

 コマキは、鋭い眼差しをウカンに据えた

「ヨコタ」

 ウカンの目は泳いでいた。

「それだけか?」

「・・・クマノ」

 ひと呼吸おくと、ウカンは観念して答えた。

「命じたのは?」

「誰にも命じられてはいない・・・ヒバに持ちかけられて・・・わしが乗り、他の連中も乗った」

「長は知っているのか?」

「知らないはずだ」

「長の命令を無視して行動を起こしたのだな。その理由は?」

「鉄が欲しかった・・・それに、スサノヲが人を集めて鉄の加工をさせていると聞いた。加工の腕が上がれば、わしらの交易相手に持ち込むだろう。そうなれば鉄の山を持たないわしらの仕事が無くなる。その前にスサノヲを潰して山を手にしようということになった」

「スサノヲのことは誰に聞いたのだ?」

「ヨコタの連中からだ」

「他には?」

「わしらは、ヨコタから先には行ったことがない」

「スサノヲの戦力も知らないで仕掛けるつもりだったのだな?」

「役立たずの集まりだと聞いていた・・・百そこそこの人数だろうと考えていた」

「俺達に取り囲まれた時は驚いただろう?」

「度肝を抜かれた・・・ざっと見て六百。槍も剣も矢も、俺達の武器では太刀打ちできない。その上、その急所を鉄で覆った装束・・・オロチ衆が全滅させられたのは、奇襲や油断ばかりではなかった・・・長の言う通りに、もっと調べるべきだった」

 ウカンは取り囲む戦士の武器を見、装束に見入っている。その目の中に敵対心はなく、羨望の色が浮かんでいた。

 

 捕虜引き渡しの場となった草原に、長以下主だった者達が緊張の面もちで集まっていた。間もなく北の林から、ボワーン・ボワーンという奇妙な音が聞こえ始めた。すると、体の前で両手首を縛られた男達が現れた。よく見ると男達は、首と腰を数珠繋ぎにされている。腰の縄には二歩程度の長さの棒がくくりつけられており、前後の者の間はそれ以上接近しないようになっている。

 男達の左右を、顔を赤と緑に塗った異様な姿の者達が、適当な間隔で固めている。九本の数珠繋ぎにされた男達が、長達の前に並べられ座らされた。異様な姿が左右と後方を取り囲み終わると、腰に剣を帯びた男が進み出た。

 その男の顔に塗料はなかった。

「私は、スサノヲの戦士団長、ツギル。キビの長はどのお方ですか?」

「わしが長じゃ」

 長が前へ出た。

「我々は、スサノヲの命により、鉄の交易を話し合うために来る途中でした。昨日深い渓谷の北で、武装したこの者達を捕らえました。尋問したところ、ヨコタへ鉄を受け取りに行くところだと答えました。これまでヨコタの交易は友好的に行われており、二百三十人もの武装した者が出かける必要はないはずです。スサノヲは争いを求めてはおりません。幸いにも、双方一人の怪我人もなく武装解除できましたので、没収した武器とこの者達をお返し致します」

 集団の後方からキビ軍の武器が運ばれ、長老達の前に山積みされた。


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