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スサノヲ  作者: 荒人
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キビ 二

 キビにその年最後の鉄が運び込まれた翌日、長の館に搬送隊長ヒバの姿があった。長老や他の主だった者達に、スサノヲの情報を報告するためであった。

「わしらはオロチ衆を大きく見過ぎていただけだ。スサノヲ達は、北の海から流れ着いた鉄作りの(せがれ)共で、四十人ばかり。オロチ衆の幹部連中は、不意打ちで殺られたらしい。残った者達は数を侮り、奇襲で殺られたらしい。わしらがオロチ衆を攻めればよかった」

 ヒバは、さも残念そうに腕をしごいた。

「で・・・いまスサノヲが従える人数はいかほどじゃ」

 長が尋ねた。

「オロチ衆との戦いで生き残ったのは、五人か六人・・・定かではないが、僅かな人数だったそうだ。(いくさ)の後、あちこちの集落から若い者を集めたそうだが、なんのことはない鍛冶をやらせているそうだ。その数は・・・聞いた話から想像すると五十か六十。、スサノヲはわしらと同じようなことをするつもりだな。ヨコタと組んでいるのは、そういうことだろう。いずれわしらの交易先に手を出してくる。その前に叩きつぶしておくべきだ」

 キビの長は、この報告を鵜呑みにはしなかった。しかし現場を知る者の報告を尊重する姿勢をとった。 

「スサノヲを叩き潰し、ヨコタ、タリ、ヨシダの山を手に入れるのに、いかほどの人数が必要じゃ?」

 キビの長は、ヒバを見据えた。

「鉄作りの山の連中は抵抗はしない。相手はスサノヲ、不意打ちや奇襲とはいえオロチ衆を倒している。それなりの抵抗はするだろうから、百といったところか・・・二百もいれば万に一つの負けもない」

 ヒバは胸を張った。

「お前はヨコタより北へは行っておらん。ということはスサノヲ達をその目で確かめたわけではなかろう・・・集めた若者の人数はどうやって調べたのじゃ」

 長老の一人から質問が出た。

「ヨコタの連中に聞いて回った。ヨコタからは、ろくに仕事のできない厄介者が二人行ったそうだ。ニタとヨシダの山からもそんなところだと言っていた。どの山でも男手は出したくはないはず」

 ヒバはその長老に向きを変え、答えた。

「森や野辺にも集落があるはずじゃ。その数は調べたのか」

 再び長老が聞いた。

「ヨコタの者に、北の海辺までの集落の数を聞いたところ、大小合わせて百程度らしい。人数の多い山から出せるのが一人か二人なら、小さな集落は出せないだろう。となるとスサノヲのところに集まったのは、百の半数の五十か六十」

 ヒバは、自信に満ちた見解を披露した。

「ふむ、オロチ衆の話とは随分違うな。オロチ衆は、二千の兵士で千の集落を抱えておると言っておった。ここでも三百の集落がある。山の北にある集落がたったの百・・・お前の言うことはどうにも信用ならんな」 

 長老はヒバを睨み付けた。

「オロチ衆は信用するが、わしは信用できぬと言うのか?オロチ衆の言う数がでたらめだったとは思わぬか?不意打ちであろうが、奇襲であろうが、たった四十ばかりの若造で、二千の兵士が全滅するか?・・・わしらは、長い間オロチ衆にだまされていたのだ。彼の地の集落の人数がここと同じようなものなら、百の集落の人数は三千ほどだ。三つの山で千としても、全部で四千だ。この数から考えれば、オロチ衆の数はせいぜい二百程度だったろう。このキビで、兵士のように何もしない連中を抱えるとすれば、多めに見ても三百と思うが・・・」

 ヒバは長老を睨み返した。

「ヒバの言う通りかも知れんぞ。確かにここで養えるごくつぶ穀潰しは三百が限度じゃ。オロチ衆が抱えておった集落が話半分の五百として、そこから相当厳しく搾り取っておったとしても・・・五百が食うのが精一杯じゃ。オロチ衆には大頭と七人の頭がおったことを考えると、兵士は二百か三百じゃな。それに・・・よくよく考えてみれば、鉄の引き渡しに来る兵士はいつも三十じゃった。運搬担当の人数と思っておったが、それ以上は割けなんだのかもしれんな」

 別の長老が言った。

 その言葉を待っていたように、若い声がした。

「集落が五百あっても、スサノヲの手の者は百そこそこだ。わしらの仕事を邪魔しないよう、叩きつぶすべきだ。奴らを潰せば、ニタもヨシダもわしらのものだ」

 ヒバと交代で運搬を受け持っているウカンだった。

「お前もヒバと同じ考えか」

 長がウカンを見た。

「わしもヒバも、何年も前からヨコタを見知っている。オロチ衆の頃のヨコタは、いつも怯えていた。だがこの春からは様子が変わった。鉄の出し量は、ヨコタの長が決めている。スサノヲにお伺いを立てている様子は全くない。スサノヲに上納していると言ってたが、その量もヨコタの長が決めているようだ。わしには、スサノヲがヨコタの山を抱えているとは思えない。実際は逆で、山の連中がスサノヲを抱えているのではないかとも思える」

 ウカンは紅潮した顔を長に向けた。

「山の連中がスサノヲを抱えておるとな、なにゆえ何故にじゃ」

 長は怪訝な表情をした。

「ヒバが言ったが、わしもヨコタの別の者から、スサノヲは集めた若い者達に鍛冶をやらせていると聞いた。その場所はクマノの山と言ってた。ヨコタ、タリ、ヨシダで作った鉄をスサノヲ達に加工させて、わしらのように交易しようと考えているのではないか。鉄のままより加工品の方が交換比率が高いからな」

 ウカンは冷静に答えた。

「自分達で大量に加工するのであれば、わしらの増量要求を拒むはずであろう。これまで全てに応じておるのはどういうことじゃ」

 長も靜かに尋ねた。

「集まっておるのは役立たず、まともな製品を作るには時間がかかる。それまでは、わしらの求めるままに提供しておれば交易の品が手に入る」

 ウカンは、そんなことが分からないのかという表情を見せた。


 キビの長は、運搬に年長の指導者を就けなかったことを悔やんだ。山越えの上に危険を伴う仕事であるからと、体力を優先した。ヒバとウカンはその中では年長者ではあったが、充分な見識と慎重さを身に着けている歳ではなかった。二人がオロチ衆という重しから解放されて血気に走り、見るべきもの、聞くべきもの、そして感じ取るべきものを十分に持ち帰ってはいないと確信していた。

「皆の衆は、二人の話を聞いてどう考える?」

 長は、意見が分かれることを承知で問いかけた。

 春の集まりでは積極論と慎重論が互角になり、鉄の増量要求でその場を収めた。二人の話を聞いた長老の何人かは、積極論に組みすると思われる。そうなれば積極論支持が大半を占める。長自身は、かねてよりオロチ衆の言動には誇大なものがあると感じ取っていた。だがオロチ衆を全滅させたスサノヲに対しては、侮ってはならぬとの声がどこかで聞こえていた。その声は、スサノヲと山の北の状況を、もっと詳しく調べろとも言っていた。

 その場の意見は、積極派が半数以上を占めた。中心は若い年代だったが、少なからぬ年長者も(くみ)していた。長の権威として慎重論で断を下すには、積極論支持が多過ぎた。

「皆の意見は分かった。わしは長としてこの地の生活を守り、末永い繁栄を考えねばならぬ。そのような立場にある者として、攻撃を決断するには調べが不足しておると思う。雪解けの攻撃はならぬ。暑い盛りまで、スサノヲと彼の地のことを更に綿密に調べる」

 不満の声が沸き上がった。

「長は歳だ、このような長では、キビの繁栄はおろか明日の生活も危うくなる」

 との声が聞こえた。しかしその場は、長老達がなだめすかして集まりは解散した。


 その夜、ヒバの小屋に数人の男達が集まった。

「おさ長はいつからあのような腰抜けになったのだ。誰が見ても、わしらの賛同者が圧倒的だった。こうなれば事を進めるべきだ。ウカン、わしらで腕の立つ者を二百集めよう」

 ヒバは、充血した目をウカンに向けた。

「山の物見だけで四十五。あいつらは皆わしについてくる。海の物見達はどうだ?」

 ウカンは隣の男に尋ねた。

「こっちの四十五は全部わしの言いなりだ。十五は当番だから、使えるのは三十」

男が答えた。

「これで七十五、それにわしらで八十・・・あとは雪解けまでに集めればいい。必要な武器と食糧は・・・山の物見小屋に分散しておけばよかろう」 

 ヒバは相変わらず充血した目で四人を見た。

「長の指示を無視して仕掛けるからには、何人かの長老の了解を得ておいた方がいい」

 ヒバの隣に座る男が言った。 

「わしもそう思う。わしらを支持した長老達に、耳打ちだけはしておこう。キビのために同志だけで仕掛けることだ、反対はしないだろう。その方が武器や食料の調達もやり易い」

 ウカンが同意した。

 山からキビにかけて展開する山の物見小屋は、引き渡しの集落から四半日行程(十キロ)毎に五箇所あった。それぞれの小屋には三人が寝起きしており、常時十五人の物見が置かれている。この十五人がひとつの班とされており、三つの班があった。一班の当番は満月から次の満月までで、交代班が来ると各々の集落に帰って通常の生活をする。つまり三度目の満月毎に物見として山に入るのである。

 海沿いの物見も同様である。物見は地域にとって重要な職務であり、この任務に就けるということは一人前の男の証であった。キビでは遠隔地との交易に頻繁に出かける男達がいるが、その中心となっているのは物見経験者達である。ヒバやウカンはその中堅であり、若い物見を統率していた。


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