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スサノヲ  作者: 荒人
111/131

クマノの山 一

 新しい年になると同時に、フツシ達七人と各地から集まった若者六十人が、クマノの山の開墾に取りかかった。まだ雪は深かったが、伐採した大木の移動には雪があった方が都合がいい。まず、王として執務をするための大きな建物が建てられた。その後ろにフツシの住居を据え、前には訓練ができる広場を作った。その広場を中心として、武器庫、食料庫、戦士の住居などが林の中に配置された。

 フツシの住居が出来上がった時、オヒトがイナタを伴って来た。

「乱の時お前様に必要な妻は私でした。しかしこれからは治の時、この時に必要な妻はイナタです。私はスサの森におります」

 オヒトはそう言い残すとスサへ帰って行った。

 イナタが住み始めたことが、妻帯者が家族を呼び寄せるきっかけとなった。フツシはまだ独身だったコマキに、オヒトの妹のマコモを娶らせた。女手が増えると、砦建設にも弾みがついた。その一方で、フツシは海辺や野辺の民との折衝も展開していた。噂は既に伝わっており、どの集落でも歓迎された。賛同が増えるに従い、クマノまで出向いてくる地域もあった。

 タブシもそのひとつだった。

「これまで色々あった。しかしお前様が王となって新しい秩序を創ることに賛成だ。過去のことは過去として、わしらも参加させて欲しい。この者達をお前様に任せる」

タブシの(おさ)は後ろに控える七人の若者を指さした。

「みんないい面構えだ。喜んで受け入れます。大切なのは過去ではなく、今と未来です」

 

 雪解けが始まる頃には、オロチ衆が支配していた地域全てと火の川から西の集落が、フツシを王とすることに同意した。それらの地からクマノに集まった若者の数は、七百人近くになっていた。

「戦士の集合は一段落したぞ」

 完成した執務の館を見に来たフツシに、ツギルが声をかけた。

「何人になった?」

「六百七十五人だ。毎日のように新参があったから適当に組を作っていたが、そろそろきちんとした組織にすべきだな」

「腹案は?・・・もう作ってあるんだろ」

 フツシはツギルの顔を覗き込んだ。

「一応、骨組みは考えてある・・・頭だけでなく、みんなの意見も聞きたい」

「いいだろう。コマキとアスキを呼べ」 

 フツシは外の警護に声をかけた。

 執務の館での、最初の重役会議が開かれた。

「戦士の数が、六百七十五人になった。俺達はこの者達を指揮してクニを創り、守り、発展させなければならない。そのためには戦士の力が十分に発揮できる組織を作る必要がある。ツギルの案を検討して欲しい」

 フツシはツギルを見た。

「今は六百七十五人だが、火の川の東が賛同すればもっと増える。ほかにも賛同する地域が出れば更に増える。それを考えて、人数が増えても機能する組織を考えたつもりだ」

 ツギルが三人の顔を見回した。

「前置きはいいから具体的な説明をしろ」

 アスキが促した。

 ツギルの案は明快だった。十人の最小集団を班とし、班長を置く。その三つの班を組とし、組頭を置く。つまり組頭は、三人の班長と三十人の戦士の上に立つ。この組三つを隊とし、隊(おさ)を置く。隊長は、三人の組頭、九人の班長、戦士九十人、総数百二人の上に立つ。更に隊三つを団とし、団長を置く。団長は、三人の隊長、九人の組頭、二十七人の班長、二百七十人の戦士、総数三百九人の上に立つ。

「今の人数では団が二つで、団長はアスキとコマキだ。いずれもうひとつ団が増えるだろうから、その団長には俺がなる」

 ツギルは言い終えると、フツシを見た。

「人選はできているのか?」

 フツシはツギルを見た。

「隊長と組頭は考えてある。班長は連中に選ばせようと思う」

 ツギルは、候補者の名前を挙げながら選んだ理由を説明した。

「異存がなければ明日にも任命したい。砦もだが、武器造りを早く始めたい」

 ツギルはシオツに青銅の生産を依頼していた。シオツからは、人手を送れば取りかかれるとの連絡が来ている。またヨシダ、ニタ、ヨコタの山には鋼の生産を依頼していた。鍛冶と仕上げは、クマノ砦で行う。これらの作業開始には、組織の任務決定が必要であった。

「フツシ、明日の任命は、王としての初仕事だ。まず俺達三人を団長に任命してくれ」

 アスキが言った。

「そうだな・・・明日は広場に全員を集め、組頭までを任命しよう。組の任務も発表する。その後宴を持つべきだが、それは全員の武装が整った時に長達も招いて盛大にやろう」

 フツシは言い、続けた。

「任命を終えて組織ができたら、なるべく早く火の川の東へ行き、あの辺りの長達とも話そう。宴の席にその者達も招きたい」

 フツシは三人の顔を見回した。

「武装が整ってから、隊を率いて行く方がいいのではないか?」

 アスキが言った。

「いや、それでは武力で屈服させることになる。呼びかける方が先だ。ナクリの長が声をかけているだろうから、長の顔を潰すようなことはすべきではない」

 フツシは、クニ造りを、服従ではなく信頼による結びつきで進めようと考えていた。


「ムキ(現鳥取県西伯郡大山(だいせん)妻木(むき))の長よ、スサのフツシだ。こちらは団長のツギル」

 ナクリの長は、フツシとツギルを紹介した。

「お前様か・・・噂は聞いている。クニ造りの話もナクリの長から聞いた・・・そこで尋ねるが、わしらに何を求めているのだ?それに・・・何を与えるつもりなのかな?」

 ムキの長は、皺だらけの顔に埋まった小さな眼でフツシを見た。

「求めるのは、十が一の上納。これは戦士を養うためと、戦の備蓄に必要です。それと戦士に適した若者をお願いしたい。俺が与えられるものは、地域の安全と産物の交流です」

「地域の安全?・・・わしらは地を耕して食糧を作る。魚や獣も食うが、これまで風と雨と雪とお日様、それと獣以外に安全を脅かされたことはないぞ」

「そうですか・・・鉄の道具はどのようにして手に入れたのですか?」

「冬の前に、火の川の向こうにオロチ衆が出張って来た。そこで米と交換をした」

「交換の比率は?」

「重さだ」

「鉄と同じ重さの米ということですか」

「五倍だ、鉄の重さの五倍の米だ」

「それではわずかな鉄しか手に入りませんね」

「鉄の道具だと、仕事が何倍もはかどる・・・もっと手に入れば、耕作地を広げることもできるが、わしらが食うための量は残さねばならん」

「比率を五分の一、つまり同じ重さにしましょう。それに、道具も皆さんが使いやすいように工夫しましょう。道具を増やして耕作地を広げて下さい。収穫が増えれば、もっと色々な物と交換できます。だがここで余る程に米が穫れると噂になれば、略奪を考える者が現れます。その者からこの地を守る策も考えておかねばなりません」

「交換比率を五分の一にして、わしらの求める道具を造るとな・・・ふむ、ムラで有り余る程穫れるようになれば、それを狙う者が来るかもしれん・・・一理あるな」

「ムラとは?」

「わしらの集まりだ。(かみ)の山(現鳥取県大山(だいせん)町)から流れる、西の火の川と東の木ノ川(現鳥取県大山町(きのえ)川)に囲まれた一帯には、十七のムラがある。お前様達の所にはムラは無いのか?」

「火の川の西には、ここのような広い耕作地を持つ野辺の衆はおりません。小さな集まりありますがムラという呼び方はしていません。あの白い峰は(かみ)の山・・・東には木ノ川があるのですか?」

「あの山からは何本もの川が下っていて、わしらに水をお恵み下さる。火の川は炎が草原を舐めるように流れているが、木ノ川は気性が激しくて姿形がしょっちゅう変わる。わしらのご先祖も、ずっと昔に海の向こうからこの地に辿り着いたそうだが、あの二本の川に挟まれているお陰で、争い事を持ち込む者達が来たことはない」

「木ノ川の東にもムラがあるのですか?」

「ここより小さいが、いくつかあるな。米作りには人手がいってな。多ければ多いほど仕事がはかどる。そこで身内が集まって棲み、みんなで仕事を手分けする。これがムラだ。わしのムラの人数が一番多い」

「何人いるのですか?」

「乳飲み子も合わせれば百八十七人」

「ではこの一帯には三千近い人が棲んでいるのですか?」

「・・・まあ、そんなもんだろうな。これだけの人数をお前様の戦士が守るというのか」

「戦士は、クニを守るための者達です。武器や砦を造って戦の訓練をしています。皆さんが何も心配しないで食糧や機織りに精が出せるよう、戦士はクニの守りに精を出すのです」

「なるほどな・・・で、わしのムラから何人の若者が欲しいのだ?」

「食糧作りに向かない気性の乱暴者を、ムラに差し障りがない程度に五人か六人」

「うん、どのムラにも手を焼く乱暴者がいて、ちょいちょい騒ぎを起こす。あ奴らを戦士にな・・・ところでツギル、団長とはどういう者なのだ?」

 ムキの長は、小さな目をツギルに向けた。

「王から任命されて三百九人の戦士を差配します」

「なに、三百九人の乱暴者を一人で差配するのか?」

「いえ、俺の下には三人の隊長がいて、それぞれ百二人を差配しています。隊長の下では三人の組頭がそれぞれ三十三人を差配しています。組頭の下には三人の班長がおり、それぞれ十人の戦士を束ねています。班が最小単位です」

「なるほど・・・十人なら束ねられるし、仕事もできる・・・団長はお前様だけか?」

「あと二人おります」

「団が三つで九百二十七人、その人数でお前様が言うクニを守れるのか?」

 ムキの長は、フツシに目を転じた。

「オロチ衆は俺達の十八倍以上でした。戦は数が多ければいいというものではありません。それに十が一の上納で養う人数にも限度があります」

 フツシは穏やかな声で応えた。

「ついこの間戦ったお前様の言うことだ。間違ってはいないのだろうが、それだけの人数でこの地域まで守れるのかな?」

「これまで火の川の西は、オロチ衆が取り仕切っていたので襲う者がいなかったのです。そのオロチ衆がこの地域に上納を求めなかった理由は二つだと思います。一つは、あの兵士の人数で押さえ込むには遠過ぎたということです。二つ目は、ここの収穫量から考えれば、鉄との高い交換比率で十分だと考えていたのでしょう」

「兵士の数が増えれば、ここにも上納を求めたというのだな」

「火の川の西からあれ以上取り上げることはできませんでしたから、この地を狙っていたことは間違いないと思います」

「お前様達がオロチ衆を倒したのは、わしらにとっても幸いだったと言いたいのか?」

「そんなつもりはありません。俺達はこの地のことはオロチ衆を倒してから知ったのです。考えてみれば、火の川の西は鉄と青銅造りと狩猟の民が大半で、野辺の食糧造りの民はごく僅かです。東は逆で、大半が食糧造りの民で、あとは狩猟の民です。東の物造り地域と西の食糧造り地域がひとつのクニとなって融通し合えば、両方が豊かに暮らせるようになります。いま俺達が抱える戦士は九百程ですが、オロチ衆の四倍近いのですから当面は十分です。鉄の道具が増えて皆さんの収穫が倍になれば、戦士を増やすこともできます。まずはクニを興し、クニの民が十分に食べられ、安心して暮らせるようにしなければなりません。それができるようになれば、周りの地域がクニに入れてくれと言うようになります」

 フツシは、ムキの長の小さな目に、真っ直ぐ語りかけた。

「お前様は、九百の戦士を率いてこの地域を守り、豊かにしたい。そのためには、長を束ねて王とならねばならぬと言うのだな・・・ナクリの長が、お前様に森を賭けた気持ちが分かったわ・・・よかろうわしのムラもお前様に賭けよう。わしが賭ければ残る十六のムラもついて来る。森の衆にもわしから声をかけよう。」


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