独立 二
独 立 二
新しい年の祭り事も終わり、山での仕事を始める日が来た。
雪は残っていたが、日射しはすでに春めいていた。
山の仕事場は、二本の川が合流する谷の高台に建てられた鍛冶場を中心としている。
海辺の塒から谷伝いに三十分ばかり歩くと、一番櫓奥の入り江に出る。
そこから川を一時間遡ったところに、鍛冶場があった。
この鍛冶場を中心として、放射状に炭焼き小屋が点在する。
鍛冶場周辺や二本の川の上流には、採鉱場所も点在する。
たたらは、風の通り道にある高台二ヶ所に設置してある。
十五人で始めた頃は、全てがこぢんまりとしていた。
手が足りなかったことにより、誰もが無駄のない動きをした。
結果として、人員配置や作業手順が、効率よく出来上がっていた。
子供が増え成長するに従い、手が増えて規模も大きくなった。
しかし創業の精神は受け継がれており、無駄な動きをする者は一人もいなかった。
この日は大人達も山へ来て、いつも通りに仕事の手順や分担の確認を指示した。
若者達が作業を受け持つようになって久しく、特別教えることはなかった。
いつもと違ったのは、確認を終えたあと、大人達がまだ日が高いうちに山を下って行ったことだけである。
これまでも作業工程により、若者だけが残ることはしばしばあった。
しかしその日、大人達が去った山は、急に大きく深く感じられた。
去年までは、フツを頭とした大人の指示に従って過ごしてきた。
年嵩の十八人は、時には出される指示に不満や反発を感じることがあった。
しかし威厳と自信を兼ね備えた大人達の姿に、不安を感じることはなかった。
これからも、日常生活をそのまま継続すればいいはずだが、何かしら改まった感じと漠然とした不安が、全員を覆っていた。
山では、当番以外の全員が、作業場兼食事場の一番大きな小屋で一緒に食事をする。
新たな年の仕事始めの日は、確認と準備だけであるから当番は無く、賑やかな夕食となる。ましてや大人不在で若者だけとなれば、羽目を外して大騒ぎとなるはずである。
しかしその日は大声で話す者もおらず、静かで寂しい夕食となった。
全員が食べ終えたのを確認してフツシが言った。
「みんな、今日から、俺達だけで何もかもやらなければならない。その理由は親父達から何となくは聞いているだろうが、ここではっきりさせておこう。いいか、ここで俺達だけで暮らす目的は、オロチ衆を討つためだ」
全員の目がフツシに釘付けになり、彼らの空間が殺気に満ちた。
「親父達は渡り鉄衆として、命懸けで海を渡り、この地に来た。しかしこの地はオロチ衆が支配しており、親父達は勿論、この地の民も、山の鉄衆も、製品や収穫物の三が一以上をオロチ衆に取り上げられている」
フツシは、静かに語った。
「親父達が、呼び出された時以外は湿地帯の向こうに行くことができないことは、みんな知っているな。その上、俺達の作った物を必要な物と交換することも、限られた場所以外ではできない」
「オロチ衆は何でそんなことをするんだ」
最年少の中で一番小柄なイトがよく通る声を発した。
「親父達の知恵と技が怖いのだ」