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スサノヲ  作者: 荒人
109/131

サクサの森 四

 気を取り直したワクリは、盾に身を隠しながら三の壁の中の組長に声をかけた。

「何人殺られた?」

「ミシロを入れて十五人」

「その程度か・・・こうなれば、一気に中まで突っ込もう」

 四の壁に穴が開いたが、人影は消えていた。五の壁に取りかかった時、上から矢が放たれた。しかし盾を使った警戒が功を奏し、犠牲者は一人だった。

 再度作業を始めた時、壁の上からではなく、水平に十本の矢が飛来した。ヤツミ隊五人と、カラキ隊五人が弓を構えていた。二の矢が放たれたが、盾に防がれ、倒れたのはわずかだった。弓を捨てた両隊が、短槍を手に突進して来た。接近戦を初めて経験する兵士達は一瞬怯み、数人が倒れた。

「かかれ、敵はわずかだ、怯むな」

 組長が怒鳴った。

 兵士達は左右に分かれ、戦士に群がった。すると、兵士がいなくなった空白地の五の壁が内側に開いた。弓を持った十人の戦士が飛び出し、接近戦に気を奪われた兵士の背中を狙った。射ち終えた戦士達は壁の中に戻り、扉は閉じられた。

「うしろから弓だ」

 矢を受けた兵士に気付いた者が叫んだ。

 兵士の間に戸惑いが生じた。その隙に、ヤツミ隊の五人は、四の壁の外に走り出た。ヤツミの目に、走り寄るタブシの四人が見えた。ヤツミは立ち止まったが、四人は槍の穂先を並べて迫る。アカメは速度を落としたが、残る三人はそのまま突っ込んで来た。

 三人は、槍に貫かれながら戦士の喉を切り裂いた。衝突を避けたアカメは、回り込みながら外側の戦士の槍をかわした。かわされた戦士の身が泳いだ。その背中に回り込んだアカメは、脇腹を下から上に、深々と切り上げた。これを見たヤツミがアカメに走り寄った時、その背中に投げ槍が突き刺さった。よろけながら振り向いたヤツミに兵士達が襲いかかった。ヤツミは、先頭の兵士に掴みかかり、小刀で胸をえぐった。

 カラキ隊の五人も、死闘を繰り広げていた。既に二人が息絶えていたが、三人はまだ動き回っていた。一人が、数人の兵士に取り囲まれ、力尽きた。カラキが覚悟を決めた時、壁の上から矢が放たれた。再度矢が放たれたが、盾で防がれた。

この間に二人は走った。二人に向けて数本の槍が飛んび、一本が後ろを走っていたカラキを貫いた。それに気付いた戦士が戻ろうとした。

「逃げろ、壁に逃げ込め」

 言いながらカラキは、追ってきた兵士に向かって短槍を振り回しながら倒れた。

 戦士は、一瞬の躊躇のあと身を翻した。その脚に投げ槍が刺さり倒れた。それをめがけて、数本の槍が投げられた。


 ワクリは、四の壁の外に兵士を集め数を確認した。四十九人だった。組長は四人生き残っていた。タブシ者は、アカメ一人となっていた。

「わしを入れて五十一人・・・敵はどうだ?」

 四人の組長の顔を見た。

「はっきりした数は分からんな・・・どうだ」

年嵩(としかさ)の組長がアカメを見た。

「ミシロの言ってた通りとするなら、戦える者は・・・もう十人いるかどうかではないか」

 アカメが応えた。

「そんなものだろう、止めを刺してやろう」

 ワクリが目を剥いた。

「では、一息付いてから片づけるか」

 アカメが応じた。

 その時、六の壁の中ではフツシ達が集まっていた。

「スサの衆を除けば、十五人となった。敵は五十人くらいか。次の戦闘が最後だな」

 フツシはオヒトと十四人の顔を見た。

「フツシ、わしら十五人も弓は引けるぞ」

 フツが現れた。

「私の手の者二十人も無傷です。壁の中に呼びましょう」

 オヒトが言った。

「いや、タブシ者の大半をスサの衆が倒してくれた。あとは俺達の手で始末する」    

フツシはオヒトを見た。

「何をおっしゃっているのです。この人数で勝てる自信がおありのようですが、万が一負ければ、私達がここに来た意味がなくなります。あの者達も、来ると決めた時に死を覚悟しています。この段階で手をこまねいていろと言うのは、あの者達の心意気に対して失礼ではありませんか」

オヒトはフツシを見据えた。

「オヒトの言う通りだ。スサの者を犠牲にしたくないとの気持ち、分からぬではない。だ

が、事ここに至れば、間違いなく勝つ(すべ)を優先すべきだ」

 フツは言い、居並ぶ者達を見回したあと、フツシを見据えた。

「フツシ、二人の言う通りだ。既に想定以上の犠牲が出ている・・・最後の戦いも、どうなるか分からないぞ。兵士は兎も角、タブシの差配は手強い。綺麗事を言っている場合ではない」

ツギルもフツシを見据えた。

 フツシは三人の目を靜に見返し、残る十三人の顔を確認した。

「そうだな・・・負ければ、全ての意味がなくなる・・・手を借りよう。この六の壁で、俺達だけで全てを終わらせるつもりでいたが・・・オヒト、外の者達を呼び寄せてくれ」

 フツシは、オヒトを見た。

「私の手の者は・・・もう七の壁におります」

 オヒトの目が悪戯っぽく輝いた。

「スサの衆と親父達には、七の壁から弓で攻めてもらおう。俺達はこの六と七の壁の間の地上で攻める。ツギル、コマキ、敵が動き出すまでに細かい策を考えよう」


 陽が傾き始めた頃、オロチ衆が動き始めた。五組に分かれ、弓攻撃を警戒しながら、五の壁の五ヶ所で竹を外しにかかった。どこからも攻撃は無く、侵入口ができた。兵士達はそれを更に広げ、一度に三人が入れるまでになった。五の壁の周囲は三百八十歩(約二百七十米)しかなく、開口部から他の組の者が見える。十五歩(約十一米)内側には、六の壁が見えている。

兵士達は、十分に警戒しながら五の壁の中に入った。しばらく(うかが)っていたが、攻撃の気配はない。

 最後に壁の中に入ったワクリが、隣に立つアカメに囁いた。

「仕掛けてくるとすれば、次の壁の中か?」

「かもしれませんな・・・あの壁の周囲は三百歩程度、次の壁は二百歩足らず、最後の壁は百歩もない。狭くなれば・・・少数でも素早い方が有利。奴らは誘い込んでおるのかな」

アカメは壁を見ながら応えた。

「あの壁も、五ヶ所開けるか?」

 ワクリはアカメを見た。

「わしらにとっては、動ける範囲は広い方がいい」

 アカメは言い、指示を待つ組長に顎をしゃくった。

 六の壁の竹が外され始めた。一本目の竹が外された時、作業をしていた兵士が、突き出された槍を胸に受けた。二本目の槍は空を切った。

「余り近づくな、槍の先で蔦を切れ」

 組長から指示が飛んだ。

 五の壁より広い開口部が開けられた。どの開口部からも七の壁が見えているが、人影はない。これまでと違うのは、壁の内側の足場に山積みになっている竹の葉だった。

「中に隠れているかもしれん、ちょっと待て」

 組長の一人がワクリの所に走り寄った。

「わしが見てみよう」

 アカメが開口部に近づき、盾で警戒しながら見回した。

「なるほど・・・潜んでいそうな気配だな、もう火矢はないのか?」

 アカメが組長に尋ねた。

「作らせよう」

 五ヶ所の開口部から、竹の葉の山に向けて火矢が放たれた。矢は竹の葉の中に潜り込み、竹に当たる音が聞こえた。やがて煙が沸き上がり、赤い炎が見え始めた。しかし、竹の葉の山に動きは無い。

「いないようだな・・・入れ。中の壁からの弓を警戒しろ」

組長の声に促され、兵士達は壁からの矢を警戒しながら中に入った。ワクリとアカメも入ってきた。

「その壁も外せ」

 ワクリが怒鳴り、兵士達が盾で頭上を防ぎながら七の壁の蔓を切り始めた。

 突然、後の壁の足場から竹が転がり落ち、五人の兵士の背中に槍が飛んだ。何人かの兵士が振り返り、そちらに盾を構えた。その背中に、七の壁から矢が飛んだ。同時に、足場の戦士が飛び降り、兵士に組みついた。ワクリは六の壁の外に走り出た。アカメは短剣を手に、兵士と揉み合う戦士に突っ込んだ。その時七の壁が開き、十人の戦士が散らばった。

 スキタは、壁から出た所で、長槍を構える三人の兵士に取り囲まれた。正面の兵士の槍

を払い、前へ出ようとしたスキタの(もも)を、右横の槍が薙いだ。姿勢を崩しながらスキタは

、正面の兵士に槍ごと突っ込んだ。槍はその兵士を貫いた。同時に左後ろからの槍が、スキタの左脇腹を貫いた。向きを変えようとしたが、槍が邪魔になって動けない。そのスキタの背中へ、右からの槍が突き刺さった。

 スハラも三人の兵士に囲まれたが、その瞬間、正面の兵士に短槍を投げつけた。同時にその兵士に飛びつき、槍を奪いながら兵士を投げ飛ばした。飛んで来た仲間を避けようとしたもう一人に、奪った槍を刺し込んだ。そのスハラを、残る槍が狙った。スハラは横っ飛びに転がりながら、穂先をかわした。スハラの躰が、スキタの脇腹を貫いていた兵士の横膝にぶち当たり、兵士が倒れた。穂先をかわされた兵士の二番槍が、その倒れた兵士に突き刺さった。スハラは飛び起き、その槍の兵士の腹に小刀を刺し込んだ。その時スハラの背中を、スキタに止めを刺した兵士の槍が貫いた。槍を抜いた兵士は、次の相手を捜した。その背中に、垣の上からの矢が三本突き刺さった。

 コマキは壁を出ると、六の壁に開けられた開口部に走った。外に出ると左に走り、次の開口部から再び入った。そこでは、足場から飛び降りた戦士が、集中攻撃を受けていた。

コマキは手近の兵士二人の背中を、続けざまに槍で刺し貫いた。他の兵士がコマキの攻撃に気付いたが、接近しており長槍が使えない。コマキは踏み込み、短槍の穂先で二人の首を払った。

 少し離れた所で、フツシとツギルが背中合わせとなり、五人の兵士と対峙していた。

コマキは走り寄り、兵士の背中を突き抜いた。他の四人の動きが乱れた。その瞬間、フツシが兵士の槍を跳ね上げ、突進しながら脇腹を払った。ツギルも兵士に接近し、胸板を貫いた。接近された残る二人の兵士も、為す術がなかった。

 アスキは背中に短槍を背負い、手には長槍を持って走り出た。兵士の槍を払い、突き進む。三人目を倒した時、アカメと対峙した。アカメは矢を警戒し、六の壁から走り出た。

それを追ったアスキの(すね)を、壁の外に隠れていた組長の剣が払った。

アスキはどっと倒れた。防具で切断は免れたが、骨は折れていた。倒れたアスキに、アカメが歩を向けた時、長槍を持ったムカリが割り込んだ。アカメは飛び下がった。ムカリは腰を落とし、槍をしごいた。アカメは更に退き、態を整えた。ムカリは、間合いを計りながら槍を繰り出す。アカメは短剣を手に、繰り出される槍をかわしながら移動し始めた。ムカリもその動きに合わせて移動する。ムカリの背中が六の壁の開口部に向いた時、中から槍が飛んだ。槍はムカリの背を貫き、胸から穂先を出した。

 それを確認したアカメは、アスキに向けて走った。しかしアスキの目は、アカメの後ろを見ていた。それに気付いたアカメが、足を止めて振り返った。その胸に、矢が突き刺さった。矢を受けたアカメの動きが、一瞬止まった。その顔面に、二本目の矢が突き刺さった。フツシだった。

 アスキは、開口部に敵がいることを目で伝えた。フツシは壁の中に消えた。直後、壁の向こうで争う音が聞こえた。間もなくうめき声がし、靜になった。開口部からフツシが現れ、アスキの横に来てひざまずいた。

 そこに生き残った三人の戦士が集まった。

「膝が折れただけだな・・・終わったぞ」

 フツシがアスキの目を見た。

「敵の(かしら)はどうした?」

 アスキは、急に感じだした激痛に堪えながら聞いた。

「スサの衆と、コマキとツギルが追っている。壁から外には出られない」

「何人生き残った?」

「俺達五人と、ツギルとコマキの七人。シオツとスサは全員無事だ」


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