サクサの森 二
「なに、九人殺られた」
ミシロは大声を出した。
「敵は本当に二十五人か?二番目の垣に近づいたのは、あの三組だけだ。それも離れた三ヶ所だ。敵が、あれだけの広さに展開しているということは、二十五人を遙かに越えた人数としか考えられん」
アカメは、怒りを含んだ眼差しをミシロに向けた。
「シオツの年寄りと女子供が加わっておることは確かだ。しかしその中で使い物になるのは、せいぜい三十人。こ奴らを合わせると五十人を越えるが・・・九人は、何で殺られたのだ」
ワクリが間に入った。
「死体を見ておらんから、そこは分からん。弓かもしれんな・・・弓なら年寄りでも殺れる。しかし、本当に五十人か?そうは思えん。二十日以上も戦っていながら、敵の数も掴
み切れておらんとは、頭は何をしておるのだ」
アカメの怒りは、ワクリにも向けられた。
「やはり、あの垣を火矢で潰して進もう。多少時間はかかるが、犠牲が少ない」
ミシロは言い、組長達に同意を求めた。
「よかろう、それで行こう。全部を潰す必要はない、進入路を確保するだけでいい」
ワクリが断を下し、アカメを見た。
「分かった、オロチ衆はその形で進んでくれ。わしらはいつものやり方で搦め手から攻め
る。頭の言う通りの人数なら、敵の手が分散されて好都合だ」
ミシロは、全組を横百歩の幅に展開し、その前に見える全ての垣に火矢を打ち込ませた。
燃え上がる垣から、人が逃げ去る気配は無い。最前列の垣の火の手が大きくなった頃に、その次の垣に火矢が放たれた。垣が崩れ始めると、そこまで全隊が前進する。四列目まで進んだ頃から、各組の進度にばらつきが出始めた。だがそれを気にする者はなく、左右の組の者以外は、前方にしか注意を払わなくなった。
一番遅れた組の最後尾を歩く兵士三人が倒れた。更に三人が倒れ、残る四人も倒れた。
二番目に遅れた組の六人が倒れた。同じ組の者がそれに気づき、声を上げた。それは、四本の矢が放たれたのと同時だった。この異変に隣の組の者が気付き、声を上げた。
「うしろだ、うしろから攻めてきた」
誰もが盾を構えてうしろを窺った。しかし敵の姿はなく、見えたのは倒れた二十人の兵士だけだった
「馬鹿者、うしろの注意を怠るな。敵の手は分散しているぞ、前進を速めろ」
ミシロは怒鳴り、ワクリの背後で盾を構えながら、後ろ向きになった。
「お前の言う通りだ、敵はタブシ者にもついているはず・・・一気に前進しよう」
ワクリが速度を上げた。ミシロも横に並び、怒鳴った。
「垣を気にせずに一気に進め」
最前列の組長がこれに呼応した。
「盾で防ぎながら、早足」
全隊が、速度を上げた。遅れた五人が倒れたが、気にする者はいない。先頭から組長が怒鳴った。
「止まれ、狙撃に注意して固まれ」
立ち並ぶ巨木の向こう五十歩に、これまでの垣とは全く違う壁が見えている。
「奴等の本拠か。あれだけの物を造っておったとは・・・ミシロ、火矢が役に立つか?」
ワクリが、壁に目を向けたまま尋ねた。
「巨木が支柱で、竹が外壁とは・・・火矢が刺さったとしても、火の手は上がりにくい。竹の向こうがどのような造りになっておるかも分からん。そんなに大きなものではないと思うが、どの程度囲ってあるのか・・・」
ミシロは唸った。
「迂闊に周囲を巡れば奇襲を受ける。奴等の狙いはそこだぞ。こういう時にこそタブシ者が役に立つのだが・・・奴等はどこだ?」
ワクリは砦から目を離し、ミシロを見た。
「ここにおる」
突然、後ろから声がした。
「壁の周りは七百歩ほどだ。外から見た限りでは、入り口は分からん。壁の上には三十歩間隔で見張りがおる、これだけでも二十三人だ。壁は内側にもあるが、分かっただけで五重はある。中にはかなりの人数の気配がある・・・おそらくこの中だけで五十人以上だな。
敵は、壁の外にも散らばっておるようだ。頭達を襲ったのはその一部だ。わしらもここに来るまでに弓で襲われ、三人殺られた。敵の数が分からんから深追いは止めたが・・・この森の敵は、百人を越える気配だ」
アカメの躰には殺気がみなぎ漲っている。
「百人・・・本当か」
ワクリの表情が硬くなった。
「頭は、数頼みで攻めるつもりだったようだが、今わしらの数は百三十人程度。同等の戦いだ」
アカメはミシロを睨んだ。
「シオツの連中は、女子供だけでも五十人を超える。それに爺が十五人程度だから、七十人以上だ。こいつらは戦の役には立たん。仮に、お前の言う通りの人数がいたとしても、戦えるのはやはり三十人そこそこ。わしが言った数と、そう大きくは変わらんではないか」
ミシロが胸を張った。
「ミシロの言う通りかもしれん・・・だが侮ると危険だ。今日、こちらは三十人以上が殺
られたが、敵の姿を見たものは誰一人おらんのだぞ。頭、早く攻撃を始めてくれ。わしらは混乱に乗じて中に入り込む」
言うと、アカメは後方に姿を消した。
「この壁を乗り越える手立てはないか」
ワクリは組長達を見回した。
「頭、竹で長いいかだ筏のようなものを作ろう」
中堅の組長が言った。
「竹の筏、それをどうする?」
「頭の上に担いで壁に取りつく」
「それで?」
「あの下に向けて突き出した、竹槍のようなものに立てかけて登るのだ」
「上から弓で狙われるではないか」
「敵が狙おうと乗り出せば、こちらから弓で射つ。何カ所かで一斉に仕掛ければ、敵を分散できる。タブシ者もどこかで攻め入るはずだから、誰かが越えられる。どこか一ヶ所で越えれば、こっちのものだ」
二つの組が、竹集めに森の外に向かった。その左右と後方五十歩を、タブシ者達二十三人が身を隠しながらつけている。灌木が見える所に差し掛かった時、タブシの一人が足音を殺して走り出した。それに気付いた他の者達も走り出し、三方向に分かれた。男達が目指す方向に、木陰から兵士を狙う三人の戦士の姿があった。
きー、きー、巨木の梢からヒヨドリの声がした。きー、きー、きー、別の梢からも聞こえた。スサの森の、危険を知らせる合図だった。戦士達は、その声で走り寄る男達に気付き、そちらに弓を構えた。その時、梢の中から矢が飛び、先頭の三が人倒れた。戦士達は、二番目を走る男達に矢を放った。三本の矢が、三人の胸板を貫いた。梢から再び三本の矢が飛び、更に三人が倒れた。直後、戦士と男達がひとつになった。
最年少戦士トコチは弓を捨て、両手に小刀を持って男達に向かって走った。迫っていた四人が速度を落とした。トコチは、正面に突っ込むとみせ、ぶつかる直前に右端の男に飛びかかった。両手の小刀を、男の心の臓と腹に突き立てえぐった。男は両腕でトコチを抱えたまま、膝から崩れた。トコチの脇腹を、隣の男の短剣がえぐった。血が噴き出す。トコチは抱き締められ、手が自由にならない。別の短剣が、トコチの背中に刺し込まれた。
アカリの眼前に、五人の男が迫った。アカリは短槍を手に、最初に近づいた男に体当たりした。槍の穂先が男の背中から血飛沫と供に突き出た。二番手の男が、身を翻してアカリの後ろに周り、首に腕を巻き付けた。アカリは、巻き付いた腕が首を締め付ける前に男の方に向きを変えた。素早く抜いた小刀を、男の脇腹に突き刺し、切り下げた。アカリの腕に、男の血と内臓を感じた時、左右の脇腹と背中に激痛が走った。
オモリは足場を確認してから短槍を構え、走り来る五人を待った。五人は、オモリの正面で足を止め、左右の者が回り込む動きを始めた。その瞬間、オモリは右に回った男の喉を払いながら数歩走り、反転した。男の顎が天を仰ぎ、首から血柱が吹き上げた。思わぬ動きに、残る四人は向きを変えただけだった。オモリは突進し、間合いの手前で左に飛びながら左側の男の脇腹を払った。地面に足がつくと同時に、残る三人に突き進んだ。オモリは、手前の男に、右手に持つ槍を突きだした。男は身を翻し、左手で柄を跳ね除けながら右手の短剣でオモリの胴を払った。鋭い金属音がして、火花が散った。オモリは走り抜けながら、もう一人の男の胴に槍を突き刺した。数歩走って向き直ると、八人の男が迫っていた。オモリは右手に小刀を持った。八人は、じりじりと間合いを詰めて来た。オモリは正面の男に突っ込んだ。男の短剣がオモリの喉に刺さったが、オモリも右手の小刀を男の左肋に刺し込んだ。同時に、オモリの躰に七本の短剣が突き刺さった。
残った七人の男達は巨木の下の集まり、周辺の梢を窺った。
「上から弓が狙っている、ここで兵士達の帰りを待とう」
竹集めの兵士達は、タブシ者十六人と、異様な姿をした三人の死体を目にした。
「ここで何があった?」
組長が、声をかけた。
「この三人は、お前達を全滅させる気だったようだ・・・それを止めようとしたばかりに、わしの手の者十六人が殺られた」
アカメが憮然と言い放った。
「たった三人に、十六人が殺られた?」
「三人だけではない、梢に射手が潜んでおる」
「なに、梢に」
組長は怯えたように梢を見回した。
「三人が殺られたのを見て、去ったかもしれん・・・まだどこかに潜んでおるかもしれん」 アカメも梢を見回しながら言った。