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スサノヲ  作者: 荒人
106/131

サクサの森 一

 早朝から打ち込まれた大量の火矢により、三の垣は炎に包まれていた。

炎の先は立木の枝に達し、紅葉した枝先を焦がし始めていた。

丸太をくくりつけていた蔦が燃え尽き、あちこちで崩壊が始まった。

「突入!」

 ミシロが声を張り上げた。

しかし、誰も動かない。

「突っ込め、組頭なにをしている?突入させろ!」

 ミシロは顔を真っ赤にして命じた。

「小頭、火が大きくなりすぎて無理だ、もう少し収まってからでないと・・・」

 組頭の一人が怒鳴った。

一の垣では、火勢がここまで大きくなる前に突入させていた。

弓と、突入時の攻撃を警戒する余り、炎を大きくし過ぎたのだった。

ミシロの隣で、素知らぬ風で状況を見ていたワクリが言った。

「ここまで火の手が大きくなれば、兵士が尻込みするのも無理はない・・・火勢が衰えるのを待つしかなかろう。コマキが早めに突入させたのは、このためだったのか」


 火勢が衰え始めた頃、十二人の組頭が盾で前面を防ぎながら突入した。

抵抗も、攻撃も、無かった。

垣の中の小屋や仕切も燃え崩れていたが、人の気配はなかった。

兵士達は、火災を免れた仕切を取り崩しながら奥へと進んだ。

「頭、もぬけの空だ。奥に逃れ口があった。どうする?」

 指揮所のある一の垣に戻って来た年嵩の組頭が尋ねた。

「偵察組の者を先頭にして、全員で追跡だ。油断するな」

 ワクリが怒鳴った。


 この頃、フツシ達はサクサに到着していた。

途中四箇所に、物見と連絡役を置いてきた。

サクサの垣は七重まで完成していたが、そこに思わぬ者の姿があった。

オヒトが手勢二十人を引き連れていた。

「オヒト・・・なぜここにに?」

「オロチ衆がタブシに向かったとの知らせが入った時、父が私を呼びました」

「サタには、そのようなことまで分かっているのか・・・」

「森の民は、常に見張っています。それはお前様が望んだことと聞いております」

「確かに言った。で、サタはお前に何を話した」

「父は、フツシは良く戦っている。このままで行けば、加勢の必要はない。しかし、タブシ者が加われば、渡来人同士の戦いではなくなる。それに、戦況も変わる」

オヒトがここまで話した時、フツシが遮った。

「戦況が変わるとは、どういう事だ?」

「タナブが襲われたことを覚えていますか?タブシ者達は、暗殺を(なりわい)としています。集団戦は不得手ですが、一人か二人での攻撃はなかなかのものです。タブシ者が本気になれば、兵士とは別行動を取ります。スサの森では、常に見張りを置いておりましたでしょう」

「あの見張りは、タブシ者の侵入に対するものだったのか」

「そうです・・・父は、私にどうするかと聞きました」

「それは、どういうことだ?」

「お前様は、オロチ衆を相手に戦っています。警戒もオロチ衆が対象です。タブシ者はオロチ衆とは全く違う戦い方をします。ですから警戒の仕方も、変えなければなりません。しかしお前様達にはその経験も、それができるだけの手勢もありません。タブシ者が侵入し、外からオロチ衆が攻撃してきたら、私の息子の父親は死ぬことになります」

 オヒトはフツシの目を見つめ、続けた。

「父は、それを知りながら何もせぬのか、それとも手を貸すのか、と私に問うたのです」

「サタは、お前の答えを知っていて聞いたな」

「さあ、どうでしょうか。父は、森の運命をお前様に賭けております。警戒と戦いの手練れ二十名を選んだのは父です。マコモも来ると言いましたが、私が止めました。もし私に何かあった時には、マコモが息子を育ててくれます」

「二十名はありがたい・・・しかし、お前にいくさば戦場で弓を使わせるのは・・・」

 フツシは躊躇した

「何を言われます、シオツの女子供もここにいるではありませんか」

「あの者達は、前線で弓を使う訳ではない・・・俺達が死ねば、死ぬことになるが・・・」

「私の腕を御懸念ですね・・・マコモを仕込んだのは、私です。それに、森の警戒の差配頭も私です」

オロチ衆の進行は早かった。奇襲を仕掛けるのに適当な場所に近づくと、警戒を強くしたが、速度は落とさなかった。足跡を追ってサクサの森に迫ったのは、まだ陽が中空に達する前だった。

「ここまで何事もなかった。この森を抜ければ草原だ・・・奴らは森の中だ」

 森の手前の草地に組長達を集め、ワクリが言った。

「余計な手間をかけないで、この森を焼き払うか」

 ミシロがワクリを見た。

「この大きな森のどこに火を点ける?それに森を焼き尽くす火勢となれば、全ての森と山まで火が及ぶことになる。わずかな敵を相手にそのようなことをすれば、地の民がわしらの力を見くびることになる。そんなことが分からんのか」

ワクリは、ミシロを睨みつけた。

「ここで腹ごしらえをしてから中に入る。この森は灌木が少ない。奇襲をかけてくるとすれば、大木の陰や木の上からだ。兵士達に指示しておけ」

ワクリは組長を解散させ、ミシロに言った。

「タブシの差配を呼べ」

 タブシの集団から、見るから屈強な中年の男が抜け出て来た。

「アカメ、タブシ者の腕を見せてもらおう。この森に、奴らは潜んでおる。兵士にはこれまでのように進ませる。お前達は好きに動いてくれ。奴らを見つけたら報告に来い」

アカメと呼ばれた男は黙って頷くと、集団に戻って行った。

 同じ時垣の中では、フツシが連絡役の報告を受けていた。

「間もなく来るな」

フツシは隣のツギルとオヒトを見た。オヒトも戦士の姿となっている。

 一の垣の周囲は約七百歩(五百米)で、直径約二百三十歩(百六十米)となっている。

内側に十五歩(十米)間隔で同じ垣が造られている。一番内側の、八の垣の直径は約三十歩(二十米)で、ここが最後の砦である。一の垣には、三十歩間隔で二十三人の見張りが配置してある。この者達の姿は戦士だが、十二歳の男の子と十五歳から二十歳までの女である。シオツの大人達は、八の垣造りに専念している。この時垣の中にいる本当の戦士は、フツシ達を含めて七人だけだった。


 ワクリは、森への侵入を命じた。百三十人の兵士達は、組単位で獣道を入った。灌木が茂っていたのは、陽当たりのいい外側だけだった。それを過ぎると、巨木が天を覆い、シダ類が地面を覆っていた。

 しばらく進むと、点在する小さな垣が見えた。

「待て、それ以上前進するな」

先頭の組長が兵士を制し、ワクリの所へ引き返した。

「あちこちに小さな垣がある。射程の外で兵士を止めたが、どう攻める?」

 灌木を抜けた所に陣取っていたワクリは、垣が見える所まで歩いた。

「お前の組はここで待機だ。他の組は横に広がって、垣の配置を調べろ」

 ワクリが言った。

「頭、垣の向こうから弓を使うつもりらしいが、ひとつずつ火矢を仕掛けるか」

 横に並んだミシロがワクリを見た。

「その手もあるが、まずはどれだけあるかを調べることが先だ」

 ワクリは森の奥に目を据えたまま言い、続けた。

「おっつけアカメからも報告が来る・・・それを聞いてから策を考える」


 タブシ者達は森の外周を歩き、別の獣道から入った。灌木を抜けた所で、アカメが指示を出した。

「三人組を十一組作る。ひと組はここから中心に向かい、残りは五組ずつ左右に分ける。左右の組は、灌木沿いに二百歩間隔でひと組ずつ中心に向かえ。余った者とわしはここで連絡を待つ。いいか、余計な手出しはするな、偵察だけで帰って来い」

ひと組が、真っ直ぐ中心に向かった。左右に分かれた組も持ち場に向かった。アカメの所から中心に向かった組が、点在する小さな垣を目にした。少し後退し、右に五十歩進んだ所で再度中心に向かった。

 そこでも垣が行く手を阻んだ。

「数が多過ぎる・・・人がいるのか」

「ここから見える三箇所に、人の気配は感じられんな」

「どうする・・・先へ進むか?」

「見せかけのような気がするが・・・偵察だけで帰れと言われている」

「一旦帰ろう」

 どの組も同じような距離で小さな垣の点在を目にしていたが、右へ進んだ三組目は若者ばかりだった。

「気配が感じられないということは、ただの見せかけだ」

 三人は立木を利用して近づいた。

 周りの垣に気配がないことを確認すると、一斉に垣の向こう側へ回り込んだ。やはり誰もおらず、攻撃もなかった。

「これは俺達を惑わすための見せかけだ」

「あの奥にある垣もそうだろう」

 三人は立ち上がり、一応の警戒をしながら、更に奥へ向かった。

 一番後ろを歩いていた若者が声もなく倒れた。首の後ろに矢が突き刺さっている。前の二人は、それに気付かず進んで行く。二番目の若者の、同じ場所に矢が刺さった。先頭の若者が、何かを感じて振り向いた。倒れた二人に気付き、体を後ろに向けた。その心の臓に、矢が食い込んだ。


 帰って来たのは八組だった。

「馬鹿どもが・・・深入りしたな。どこで殺られたのか調べてこい」

 二組ずつ六人が、帰って来ない組の足取りを追った。

「全員が、ひとつ目の垣を越えた所で殺られていたのだな・・・手前の垣が見せかけだったので、油断したな。それだけの人数が配置してあるとは・・・敵はミシロが言った人数ではない。お前達はどう考える?オロチと組んで命を張るか、九人の犠牲に目をつぶって帰るか」

アカメは全員を見回した。

「わしらがオロチ側についたことは、もう周りの民に知れているだろう。ここで逃げ帰れば、どちらが勝ってもまずい立場になる。このままオロチについて勝つしか道はないぞ」

アカメより少し若い男が言った。

「そうだな・・・続けるしかない。だが、オロチのような攻めでは勝てんぞ、わしらのやり方でやる」


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