スガの森 二十
翌朝、年嵩の組頭は、身内の警備兵士から声をかけられた。
「どうした?」
「夜中に、うちの組頭とコマキが、鳴子を張り直しに出かけたまま帰って来ない」
「なに、二人で出かけたのか?」
「いや、うちの兵士二人と、偵察組の兵士三人を連れて行った」
「どこの鳴子を張り直すと言ってた?」
「それは聞いてないけど、あの斜面の方に向かったそうだ」
兵士は左の斜面を見ながら言った。
「おかしいな・・・襲われたか?分かった、見てこよう」
「なに・・・コマキとミシロと兵士五人・・・襲われたのか?」
ワクリは組頭を見返した。
「うん、鳴子の張り直しをしている所を襲われたようだ。外側の鳴子が外されており、その辺りに血が飛び散っとった。死体を引きずったような跡もあった」
「死体を引きずった?」
ワクリは怪訝な顔をした。
「コマキが、奴らの死体は全て持ち去られておったと言ってたが、それと関係があるのかな・・・兎に角、現場には死体はなかった」
組頭は戦力が減ったことを気にする風もなく言った。
ワクリも同じだった。二人が欠けたのは痛いが、タブシの増員で埋められると考えた。
昼過ぎ、ミシロが徴兵三十五人を連れて帰ってきた。
「ご苦労だったな。素直に応じたか?」
「いや、初めはぐだぐだ言っておった。しかし、敵は二十五人で、一気に叩き潰すには手勢が多い方が早いと説明したら、乗ってきた。その代わり条件を出してきた」
「条件とは?」
「上納を無しにしろと抜かした。こちらは急いでおったから、請け負って来たぞ」
「まあ、よかろう。それよりコマキとミシロが殺られたぞ」
「あの二人が?・・・手勢も増えたことだ、先々の厄介払いができたと考えればよいわ」
「儂もそう考えた。どうする、すぐにでも仕掛けるか?」
「いや、タブシに連れて行った連中は、徹夜の往復で疲れておる」
「そうだな、今日は休ませよう。では総攻撃は明日の朝だ」
ワクリは残っている十二人の組頭を招集した。
「コマキとスハラ、それに兵士五人が殺られたことは知っておるな・・・少しでも手勢が必要な時に、馬鹿な死に方をした。だが、タブシからの三十五人で儂らは百六十七人となった。明朝総攻撃をかけて、垣の奴らを皆殺しだ」
ワクリは、組頭達の顔を睨め回した。
「ところで頭、策は?」
年嵩の隣の組頭が声を上げた。
「まず全隊が一の垣まで出張る、あそこは奴らの射程の外だ。そこから火矢をたっぷりと打ち込む。垣だけではなく、射手が潜みそうな茂みや木にも打ち込む。火が大きくなって、垣が崩れ始めた頃に全隊が突入する」
ミシロが説明した。
「敵は、火の手が大きくなれば、谷の奥に逃げ込むのではないか?」
年嵩の組頭が疑問を呈した。
「その時は追う。奴らは慌てているから、足跡を消す暇はない。コマキのやり方で追えば、奇襲は防げる」
ミシロは自信満々で言い、ワクリを見た。
「シオツの連中はどこにおる?あの垣にいないとなれば、谷の向こうの森だな。垣の生き残りがそこに逃げ込んでも・・・時間の問題だな」
ワクリが補足した。
「東へなら、逃げられるのではないか」
別な組頭が言った。
「確かにあの高い山の方へなら逃げられる。だが間もなく雪が降る・・・飢え死にするだけだ。奴らは死を覚悟して仕掛けてきたのだぞ。この谷か森の中で討ち死にする」