スガの森 十七
「俺と頭は、ここから、戦いの一部始終を見ていました。実際に兵を動かしていたのはお二人の覇気です。引き揚げたあともお二人には覇気がありましたが、頭達には無かった。そのため、作戦会議が開かれている間に、陣営の覇気も消えていました」
ツギルは静かに説明した。
これを受け、フツシが補足した。
「あの時すぐに攻めれば、数の多いそちらが有利、二人は攻撃を主張したはずだ。だが退けられた・・・二人は勝機を失した頭に失望し、死を覚悟したのではないかな?だからそのあと狙撃を気にせず垣に入ってきた。死ぬ前に俺達をよく知りたいと思ったからだろう。二の垣に近づいた時、俺達の視線を感じていた。だが殺気が無いのも知っていた」
フツシは、二人の顔を交互に見ながら穏やかな声で話し続けた。
「明日、二人が策を出さなければ、頭は今日と同じ攻撃を指示するだろう。火矢を増やし、火の手が大きくなってから突入させるつもりだろう」
フツシの声も表情も、自分の部下に対する時のようになっていた。
「同じ攻撃が二度通用する、と思っている馬鹿のために死ぬのか?」
フツシは相変わらず穏やかに尋ねた。
コマキとスハラは、思いがけない質問に顔を見合わせた。
「コマキは、攻撃をさせなかった理由が分からないと言いましたね。理由は、あのまま勝利すれば、お二人に対する兵士の信頼が絶対的なものになる。頭達はそれを恐れたのです」
ツギルが抑揚の無い声で言った。
「そんな・・・あれだけの兵士を死なせて・・・自分達の立場のためにですか?」
スハラがツギルを見た。
「他にどのように考えられます?頭達は、兵士のことなど何とも思ってはいないでしょう。歳端の行かない者まで補充兵にし、訓練もせず前線に出している」
ツギルはスハラを凝視し、続けた。
「ここには十三歳の者がいますが、一年以上弓と殺人の訓練しています。十四歳は二年以上になります。それに、全員が死ぬ覚悟です。人数の差だけでは、どちらが有利か分かりませんよ」
ツギルは、他人事のように分析し、コマキの顔を見た。
コマキは拳を握りしめ、目を閉じた。その顔は、炭火を受けて真っ赤だった。
「我々にどうしろと?」
目を開いたコマキが、フツシを正視した。
「行動を起こした理由は話した。話し合いが可能かということにも、結論が出た。そこで三つ目の理由だ。二人は死を覚悟している・・・ならば、オロチ衆組頭としての二人には、死んでもらいたい。そして、新しい秩序を作るための戦士として、生きて欲しい」
フツシもコマキを正視して答えた。
これまでの話の流れから、コマキもスハラもフツシの申し出を予期してはいた。
しかし実際に言葉として聞くと、やはり動揺した。
「少し、二人だけで話をさせて頂きたい」
コマキが言った。
「コマキ、頭と小頭は兎も角、信頼してついてきた組の者達を殺れますか」
フツシ達が去るとすぐ、スハラが言った。
「それより、本当に話し合いはできないか・・・ミシロがタブシの連中を連れて帰るまでに、組頭達を説得できないか?」
コマキがスハラの顔を見た。
「・・・無理ですね。連中は敵の分析など考えてもいません。今の話をしても、絶対に信用しないでしょう。頭の中は、戦のあとの分配だけです。頭と小頭は、それを餌にして組頭達を動かしています。タブシの徴兵で強気になっている時にこんな話をすれば、俺達は裏切り者として殺られます。組の者達はどうでしょうか・・・コマキの組で、話せる者がどのくらいいます?」
「俺の組は・・・他の組頭の身内以外の者だから・・・三人だな」
「俺の組は二人です。しかしついて来たとして・・・味方だった者と戦えるかな。兵士達だけではありません。俺達だって・・・できますか?」
「俺はできる。ここの頭が言ってた、新しい秩序を創るべきだと思う。ワクリが勝っても、何も変わらん。それどころか、地の民との関係は悪くなる。大頭の館を襲ったのは、自分達が地の民を支配するためだからな。そんな男に従う兵士だと割り切るしかない」
「そうですね・・・でも、心底俺を信じている兵士だけには声をかけたい」
「それは俺も同じだが・・・確信の持てる者だけだ。躊躇した者は誰かに相談する。その時、俺達の命は無い」
言い終えるとコマキは、奥の炉に座っているフツシとツギルを見た。
視線を受けた二人がやって来た。
「頭のお誘いを受けさせて頂きますが、ワクリの兵士として死なせたくない者が何人かいます」
コマキは、自分より十歳は若いフツシを自らの頭として話した。
「話せば来るのか?」
「来る者にだけ話します。実は、小頭が、タブシに徴兵に行きました。明日の午前中に帰って来るでしょうから、攻撃は午後になります。これから帰り、絶対について来る者だけに話します。夜明けまでにはこちらに入ります」
コマキが応えた。