スガの森 十六
「異常はないか」
スハラは、谷の奥を見ながら警備兵に声をかけた。
「スハラ、鳴子の周辺を見てこようか」
そこへコマキが現れた。
二人は連れだって斜面の方へ向かった。
このようなことはよくあることであり、見送る兵士はいつものことと受け止めた。
一番外の鳴子まで来ると、篝火の明かりは届かない。
二人は斜面を少し登ってから、谷の奥へ歩いた。
一の垣の入口に武器を置き、約束の場所に向かった。
星明かりの中に、いくつもの死体が見てとれた。
立木の中に、人の気配があった。
フツシが姿を現した。
その横にもう一人男がいた。
「これは小頭のツギルだ。ここで立ち話という訳にもいかん、ついて来てくれ」
二人は背を向け、垣に向けて歩き出した。
コマキとスハラは躊躇した。
気配を察し、フツシが振り向いた。
「ここまで来たのだ、腹を決めろ。命は保証する」
フツシが声をかけると、三の垣が中から開いた。
入口から数歩の地面に炉が作ってあり、炭火が盛り上がっていた。
その前にフツシとツギルが座り、二人にも席を勧めた。
コマキは、フツシと対座した。
フツシもツギルも普通の服装で、顔料も拭い取っていた。
改めて互いに自己紹介をしたあと、フツシが言った。
「今夜来てもらった理由は三つ。ひとつは、俺達が行動を起こした理由を知ってもらうこと。二つ目が、これ以上の殺し合いが避けられるかどうかということ。三つ目はあとで話す」
これを聞いて、コマキが尋ねた。
「その前にお聞きしたい。なぜ、俺達二人に声をかけたのですか?」
「我々は、オロチ衆が谷に入った時から観察してきた。頭と小頭が差配しているように見えるが、あの二人はその器ではないし、能力もない。兵士を軍勢として指揮できるのは、お二人だけだ」
言い終わると、フツシは二人を見詰めた。
その視線を瞬きもしないで受け止めていたコマキが、ひと呼吸おいて答えた。
「分かりました。ではお話を伺いましょう」
フツシは、手短ではあったが、これまでのいきさつを全て話した。
「さて、これからの問題は、互いに全滅を賭けて戦い続けるのか、ということだ。過去は過去として、今後は話し合いで物事を進めて行くことができるかどうかだ」
「理由については、よく分かりました。納得できる所も沢山あります。しかし仕掛けたのはそちらです。これまでの犠牲で見れば我々が不利ですが、今後の展開は分かりません。この状況で、話し合いで物事が進められるかと聞かれましても、答えることはできません」
コマキが言った。
「俺は、偵察組頭に尋ねているのではない。オロチ衆の頭ならば、として尋ねている」
フツシはコマキを見据えた。
コマキも視線をそらさない。
わずかな沈黙のあと
「俺が頭なら、話し合いで進めます。スハラはどうだ?」
三人の目が、スハラを見た。
「俺もそうします」
スハラは、躊躇無く答えた。
「しかし、頭と小頭は、そうはしない。では先頭に立って戦うか?それもしない。自らは安全な所にいて、兵士に無理な戦いをさせている。今日、大きな犠牲を払って一の垣と二の垣を突破した。態勢を整え直して三の垣を攻めるべきだった。だが、そうしなかった。その理由が分かりますか?」
ツギルがコマキに話しかけた。
「理由は分かりません。しかし・・・なぜ頭達のことが分かるのですか?」
コマキは驚愕の表情でツギルを見た。